古賀茂明と日本再生を考えるメールマガジン動画版Vol.005 第3回 堀潤さんとの対談「オープンジャーナリズムという挑戦」

古賀 茂明 プロフィール

古賀: ええ、そうなんです。だけど、そういうことを一般の人たちはあまり知らないと思うんですよ。今度の参院選からネット選挙が解禁になって、お金がかからない選挙になるなんて思っている人たちは、見事に騙されていると思いますよ。

堀: あれは大嘘ですよ。巨大な政党と力を持った政治家が、圧倒的な優位性をもってネット戦略を進めていくという仕組みですからね。

古賀: いまは「アベノミクス」批判とか、安倍政権批判とか、あるいは中国とか韓国に寄り沿っているんじゃないかと思われるような意見とかを言った途端に、誰のツイートだろうが、すぐに炎上する。そして、そういう声が抹殺されていく。そんな空気が生まれていますよね。逆に安倍さんのツイートやフェイスブックの意見なんかは、どんどん増殖していく。ネット上の放送には、かなり右傾化したものもありますよね。

堀: そういう声が力を持って世論が形成されていきますし。

古賀: そんな右傾がかった意見に拍手喝采する社会になりつつあるような気がするんですが、でもそれは自然にそうなっているとのではなくて、そういう方向に誘導しようという強力なイニシアティブがあって動いている。それがなかなか国民には見えない。もちろん、簡単に国民全部が右に行っちゃうかと言えば、そんなことはないんですが、でも、私が見るところ、やはりテレビ局の現場ではすごく萎縮しているという印象があります。そういうのを、堀さんは感じませんか?

堀: そうですね。そのときどきの世論によって自分たちのスタンスを変えていかなければいけない怖さみたいなものは感じますよね。視聴者の人たちから「違うんじゃないか」と言われかねないことについては、「反論が来たら怖いから、バランスを取ろう」というようなことが、実際にあります。

 僕はかつて官民人材交流センターが立ち上がったときに、公務員制度改革の話を若手官僚から審議官手前ぐらいの幹部の方などにけっこう取材したんです。当時は公務員叩き、官僚叩きの空気が吹き荒れていて、そういう世論の声に対抗してガードしなければ自分たちの優位性を保てない、足場が崩れてしまうという危機感をすごく感じましたし、同時に、対世論で自分たちの軸足を決めて、対応を決めていかなきゃいけない社会というのは、情報発信をすごく萎縮させるなということを強く感じましたね。

古賀: よく、「霞が関の官僚のレトリック」と言うじゃないですか。「霞が関文学」なんて言ったりしますよね。要するに、法律の条文などをつくる際に、言葉の非常に細かい部分に細工をして、一般の人にはわからない形で自分たちの都合のいいように解釈できるようにするという官僚が得意なテクニックで、それが官僚主導の有力なツールとして使われていたんですが、最近は政治家がそのレトリックを習得して駆使するようになってきた。ネットを活用するとともに、官僚のテクニックも学んでいるなあということを、ものすごく感じるようになってきたんですよ。

堀: 政治家がハイブリッド化してきて、いらないテクニックをどんどん身につけて、うまくなってきていると。とくに下野した期間の自民党の皆さんは(笑)。

古賀: そういうことに長けている人たちが増えましたよね。私は、安倍さん自身が得意だとは思わないし、むしろ暴走したり、批判を受ける発言をしたりしがちな人だと思うんですが、その安倍さんの周りには官僚のテクニックを身につけた人たちがいて、安倍さんを一生懸命に押さえながら、上手に情報発信しているような印象がある。本当の姿とは違う安倍さん像をうまく作り上げて、世間に流しているなあという感じがするんですよ。

堀: 具体的には霞が関レトリックと、そのレトリックを身につけた政治家のいまの言動や振る舞いというのは、どういうものがイメージされるんでしょう。

古賀: たとえば原発の関係だと、最近、原子力規制委員会けっこう頑張っているという報道が多いじゃないですか。

堀: そうですね。高速増殖炉「もんじゅ」の運転再開中止を決めたり、日本原電の敦賀原発2号機の下にある破砕帯を活断層だと認定したりしましたね。

古賀: ええ、確かに表面的には原子力規制委員会が安全重視の観点から規制を強化しているように見えますね。でも、裏にある自民党の意図というのは、おそらく原子力規制委員会と権威づけをしっかりしたいということだと思うんですよ。

堀: なるほど。