『うつ病の現在』著:飯島裕一
うつ病の時代を生きる

 彼らは、高度成長後の豊かな時代に育ち、「個性を大切に」と教育されてきた。怒られたり、理不尽さを体験することも少なく、大きな挫折も知らない。仲間で群れて遊ぶこともなく、テレビゲームやパソコンなどの「一方通行の情報機器」に囲まれて育った。少子化もあり、人間関係の希薄化が著しい。このため、親・兄弟、友達、教師、地域社会の中でバランス良く形成されるはずの自己愛(自分とは何かを認識し、自らを認め愛する心)に問題を抱えているのかもしれない。

 しかし、実社会に出ると、個人や個性が尊重されるとは限らない。個性が、なかなか発揮できない上、過酷な競争に直面する職場もある。仕事上での人間関係も待っている。社会や仲間に「もまれないで育った」ために、そうしたギャップが負担になって「現代型のうつ病」を発症するのではないか---と考えられる。現代社会を映す鏡ではないだろうか。

 もう一つは、うつ病の概念が広がっていることだった。神経症(ノイローゼ)という病名は、姿を消していた。今日の診断は、米国精神医学会が作成した「DSM-Ⅳ」が一般的だ(今年5月下旬に新しい基準「DSM-5」が発表されたが、うつ病に関する部分は、大きな変化はない)。ドイツ医学の流れをくむ神経症という病名は使われなくなったのだ。

「DSM」は、米国のプラグマティズム(実用主義)を象徴するような診断基準であり、発病の背景や原因は問わずに、症状だけを重視する。診断基準に挙げられている九つの症状のうち、主症状二つのうちのどちらかを含む合計五つ以上の項目に患者の症状が該当すれば、「うつ病」と診断される。パターン化した基準であり、発病の背景などに注目する従来のドイツ医学の流れとは大きく異なる。経験が少ない医師、専門外の医師でも、機械的に「うつ病である」との診断が可能だ。

 DSM-Ⅳを検索していた佐古記者が、「神経症という項目はないんですが」と問いかけてきた。かつての取材で、抑うつ神経症とうつ病の違いを、苦労して一覧表にまとめたことを思い出し、時代の流れを実感した。

 あの当時、抑うつ神経症と診断されていた患者も、今日ではうつ病とされるのだろう---と推測した。また、「現代型のうつ病」の多くは、(当時の)抑うつ神経症、不安神経症、適応障害に当てはまるのかもしれない。新しい診断基準が、うつ病の患者数を増やしていることも、十分に推察される。

 抗うつ薬も大きく進歩し、身近な薬剤になった。こうした延長上に、漫然と薬を出している医療機関もありそうだ。「気を付けたい精神科医」の存在をうかがわせると言ったら、言い過ぎだろうか。 

 さらに今、双極性障害が大きな課題であることを実感した。以前取材した時には、「そううつ病」と呼んでいた。ハイテンション(そう)と、気分の沈み込み(うつ)を繰り返す病気であり、患者数は「あまり多くはない」とされていた。