雅子妃が辿られた「これまでの道のり」を振り返る

週刊現代 プロフィール

「普段から皇太子殿下と接している関係者からしてみれば、あの発言は非常に違和感のあるものでした。というのも、あのようなトゲのある言葉は、殿下が持っておられる語彙にはない。実際、小和田元次官の力が働いたのではないかと考える者も少なくなかった。小和田氏が殿下のお口を借りて、宮内庁とマスコミに抗議のメッセージを送ったのでは、と憶測が飛び交ったのです。殿下は、雅子妃を支えなければならないという非常に強い責任感をお持ちですから、小和田氏にも逆らえなくなっているのではないか、と……」

 

気持ちを動かしたもの

 この人格否定発言の中で、皇太子は、「雅子のキャリアや、そのことに基づいた雅子の人格を否定するような動きがあった」と告発した。このキャリアとは、まさに「外交官としてのキャリア」だと、精神科医の香山リカ氏は指摘する。

「皇太子のプロポーズ自体が、『皇室には君の能力が必要だ』という意味の、いわばヘッドハンティングでした。雅子妃にしてみれば、恋愛を成就して結婚したというより、キャリアアップのために皇室に〝転職〟した、くらいの気持ちだったのかもしれません。雅子妃は『外交官は一生の仕事』と話していました。皇室外交という言葉が、彼女の気持ちを動かしたのです」

 だが、いざ菊のカーテンをくぐると、雅子妃が想像していたものとはまるで違う現実が待っていた。

「雅子妃は、いまだにそのギャップを乗り越えられずにいます。むしろ、キャリアウーマンとして培ってきた強い意志を捨てられず、一歩も妥協できていない状況です。雅子妃が、万一皇太子妃とならず、外交官としてキャリアを積んでいたなら、同じような仕事をしている人と結婚して、国際的に活躍されている緒方貞子さんのような人生を歩んでいたかもしれませんね」(前出・香山氏)

雅子妃は秀才として、間違いなく順風満帆な人生を送ってきただろう。「勉強が出来すぎる」がゆえ、皇室に嫁ぐ道も前向きに受け止めた。だが、そこで出会った初めての異文化。雅子妃はその壁の前に、今も立ち尽くしているかのようだ。

「週刊現代」2013年6月29日号より