雅子妃が辿られた「これまでの道のり」を振り返る

週刊現代 プロフィール

「反対派の宮内庁職員が、お妃候補から雅子妃を外そうとしたところ、皇太子が『(雅子さんと結婚できないのであれば)それなら僕は結婚しない!』と、憤慨なさったこともありました」(東宮関係者)

 雅子妃と皇室の歪は、早くも生じ始めていたのだろう。そして近年議論を呼んだ、愛子内親王の通学の付き添い問題に関しても、雅子妃のエリート意識が影響していたのでは、と考える意見もある。

「愛子さまの学校でのいじめ問題以降、雅子妃は長い間付き添いをされていました。ご自身が、親子べったりの純粋培養のエリート教育で育ってきたので、同じ感覚だったのでしょう。しかし、通学に10人も20人もお付きが付いてくる様子は、本当に異様ですよ。ところがご本人は、親として当然という感じで周囲の迷惑に気づかない。学習院には、親は同行しないという原則があるにもかかわらず、自分の娘が心配という理由だけで、それを無視する。広い視野で物事を考えることができないのではないかと思ってしまいます」(学習院関係者)

 

 病気の発症後、たびたびその行動が原因で批判を浴びるようになった雅子妃。なぜ、このようなことになってしまったのか—この問題を考える上で、「父親の影響力の大きさ」が重要な要因になっていると、皇室ジャーナリストの神田秀一氏は語る。

「先のオランダ訪問で、小和田夫妻は宮内庁にも現地に同行した東宮職にも断りなく、皇太子ご夫妻が宿泊されていたホテルを訪問しました。その直前にも密かに日本に帰国して雅子妃と面会している。皇室に嫁いだ方の前に、その両親がことあるごとに現れる。皇室の歴史上、こんなことは例がない。娘が皇室に入ることは、恆氏にとっても誇らしいことだったのでしょう。なるべく目立たないようにしようとする美智子皇后のご実家の正田家との最大の違いは、ここにあります。

 一方、雅子妃も父親の行動を嫌がらないということは、妃の中での恆氏の存在、影響力がどれほど大きいかを物語っている。私には、雅子妃の通学時の付き添いの様子が、恆氏の行動そっくりに見えました」

 恆氏を身近で見てきた外務省キャリアOBも言う。

「雅子さまには、自分が信頼しない人間は、東宮の人間であれ誰であれ、厳しく拒絶するところがあるようですが、父の小和田氏もまさに同じタイプでした。接触したくない人間とは一切交流をもたない。小和田家には、『自分にとって味方か、敵か』で人を区別するところがあります。実はこれは典型的な官僚思考。東大から霞ヶ関というエリートコースを歩んできた人間によく見られ、その意味では小和田氏や雅子さまに限ったことではありません。

 でも、皇室はそれとは正反対の場所で、自分の好き嫌いで判断することは厳格に慎む教育がなされ、その文化の中で子どもも育てる。だから、皇室と雅子さまには異文化の衝突がある。また、ご両親もそんな雅子妃を後押しし、夫である皇太子も味方している。そのため、雅子さまも皇室に順応しようというお気持ちにならないのではないか」

 ジレンマを抱え続けた結果、雅子妃は体調を崩し、'03年末に長期療養を発表。「適応障害」という形で、雅子妃の心は重圧に潰れていく……。

 そしてその半年後、皇太子の口から「人格否定発言」が飛び出し、物議を醸した。この一連の出来事にも、恆氏がかかわっていたのではないかと、宮内庁のベテラン職員が語る。