「雅子妃派」と「紀子妃派」あなたはどちらの生き方に共感しますか?

週刊現代 プロフィール

「紀子妃は、ご成婚の際、さまざまないわれのないバッシングをお受けになった。たとえば、学習院の職員宿舎育ちの世間知らずとか、在学中に秋篠宮殿下に近づいて意図的に妊娠したというとんでもないものもありました。それでも、紀子妃は笑顔を絶やさなかった。それは男性に守ってもらうためではなく、女性がみずからを守るために必要な笑顔だったと思います。あのたくましさ、あの覚悟はもっと高く評価されるべきです。幼い頃や学生時代は少々頼りなく見えた秋篠宮殿下が、あれほどご立派にご公務を果たしているのは、紀子妃の支えあってのことだと思います」

「皇室の女性」という観点から、雅子妃については次のように指摘する。

「天皇家には戸籍がありません。我々一般国民とは違う。であれば、その役割を果たすべきだと考えます。

 皇太子夫妻の問題は、時に公より私が優先されているように国民が感じるところです。一般人なら仕事と家庭の両立は大切ですが、皇室においては、まずは皇太子と皇太子妃としてのお務めを果たすべきです」

不器用さが好き

 対照的に「私は間違いなく雅子さまに共感します」と言いきるのは、漫画家の倉田真由美氏だ。

「皇室とはこうあるべきだという頑なな伝統的保守派の人から見れば、雅子さまは規範から大きく外れているでしょう。しかし私は、一人の女として、能力を評価されない雅子さまの歯がゆさに共感し、応援したくなるんです。皇室という特殊な世界での役割を完璧にこなす紀子さまよりも、雅子さまのほうが断然親しみやすい。雅子さまは、あらゆる世代の女性が自分か自分の身近な誰かを投影できる象徴的な女性なんです。だからこそ、つらい胸の内はわかるけれど、皇室に入った上はもう少し頑張ってもらいたいという気持ちにもなる。雅子さまへの批判のなかには、そういった応援するがゆえの歯がゆさも多いと思います」

 自分を周囲に合わせて演じられる紀子妃と、自分に忠実に生きようとする雅子妃。あまりにも対照的な二人の違いはどこから生まれたのか。

 皇室ジャーナリストの渡辺みどり氏は、その由来の一部を両親の性格に求める。

「紀子妃の父親の川島辰彦教授は、ご成婚の記者会見のとき『自由闊達に育てた。オールウェイズ・スマイル』と言いましたが、その直後、お母様が『あまり自由過ぎるのもどうかと存じます。私はある程度の規制を持って育ててまいりました』とおっしゃった。紀子妃は、ユーモラスなお父様にのびのびと育てられながらも、あのお母様から、徹底的に『妻』としての教育も受けた。非常に人としてバランスよくお育ちになられたのだと感心しました。

 一方の雅子妃の父親の小和田恆さんは、この間のオランダ訪問で皇太子夫妻が泊まるホテルを訪ねた際、報道陣の前を通るとき、車のサンバイザーをさっと下げてしまった。せめて会釈をするぐらいのことをなさっただけでも印象がガラッと変わったものを、残念でしたね。どちらが良い親かはわかりませんが、親が与えた影響は大きいでしょう。子は親の作品ですから」

 二人の評価を二分する決定的な契機となったのは、'06年。悠仁さまのご生誕だ。プリンセスとはいえ、それまでは「弟宮の妻」であった紀子妃が「お世継ぎ」を産んだことで、がぜん存在感を高めた。