内向型人間の時代 社会を変える静かな人の力
スーザン・ケイン(著),古草 秀子(翻訳)

〜はじめに――内向型と外向型 対照的な二つの性格について より抜粋

 パークス自身もこの矛盾に気づいていたらしく、自伝の題名を『静かなる力強さ』(邦題は『勇気と希望――ローザ・パークスのことば』高橋朋子訳)としている。私たちの思い込みに挑戦するような題名だ。静かで力強い人というのは例外的なのか。物静かな人はもっとほかに思いがけない面を秘めているのだろうか。

 私たちの人生は性別や人種だけでなく、性格によっても形づくられている。そして、性格のもっとも重要な要素は、ある科学者が「気質の北極と南極」という言葉で表現した、内向・外向のスペクトルのどこに位置しているかである。この連続したスペクトルのどこに位置しているかが、友人や伴侶の選択や、会話の仕方や、意見の相違の解消方法や、愛情表現に、影響をもたらす。どんな職業を選んで、その道で成功するか否かを、左右する。運動を好むか、不倫をするか、少ない睡眠で働くか、失敗から学べるか、株相場に大きく賭けるか、短期的な満足を求めないか、優秀なリーダーになるか、起きるかもしれないことをあれこれ想像するか、といったさまざまな性質を決定づける*。さらに脳の神経回路や神経伝達物質や神経系の隅々にまでしっかり反映されている。現在では、内向性と外向性は性格心理学の分野で徹底的に研究されているテーマのひとつであり、数多くの科学者の興味をそそっている。

 そうした研究者たちは最新機器の助けを得て、つぎつぎに画期的な新発見をしているが、その背後には長時間かけて形成された膨大な蓄積がある。人類の歴史が記されるようになってこのかた、詩人や哲学者は内向型と外向型について考えてきた。いずれの性格タイプも、聖書やギリシア・ローマの医者の記述に登場し、この二つの性格タイプの歴史は有史以前にまで遡れるとする進化生物学者もいる。動物たちの世界にも「内向型」と「外向型」があるというのだ。本書でもミバエやパンプキンシードやアカゲザルの例についてお話しする。男らしさと女らしさ、東と西、リベラルと保守といった相補的な組み合わせと同じように、この二つの性格タイプがなければ、人類は特別な存在にはならずに衰退しただろうと考えられているのだ。

 ローザ・パークスとマーティン・ルーサー・キング・ジュニアの協力関係を考えてみよう。バスのなかで白人に席を譲るのを拒んだのが、パークスのように、よほどの緊急事態でないかぎり沈黙を好む控えめな女性ではなく、キング牧師のように堂々たる雄弁家だったら、結果は違っていたかもしれない。逆に、もしパークスが公民権運動に立ちあがって「私には夢がある」と語ったとしても、キング牧師のように一般大衆を鼓舞することはできなかったろう。そして、キング牧師がいたから、彼女は演説をする必要がなかったのだ。

 だが今日、社会が求める性格タイプはごく狭い範囲に設定されている。成功するには大胆でなければならない、幸福になるには社交的でなければならないと、私たちは教えられる。私たちはアメリカを外向型人間の国家として見ている――それは必ずしも真実ではない。どの研究を見ても、アメリカ人の三分の一から二分の一は内向型である。言い換えれば、あなたの周囲の人々のうち二、三人にひとりは内向型なのだ(アメリカが有数の外向型の国のひとつだとすれば、世界にはもっと内向型の比率が高い国々がある)。あなた自身が内向型でないとしても、家族や学校や職場には必ず何人か思いあたるだろう。