特別レポート サラリーマン、置かれた場所で咲きなさい 思い通りにならない会社人生だから面白い

週刊現代 プロフィール

「私はサラリーマン人生の中で、一度も異動希望を出したことがないんです。いつでも『行けと言われればどこにでも行きます』とだけ書いてきたし、それがサラリーマンだと思ってきました。組織の中で働いていれば当然、異動命令はある。たとえ、人事に不満があっても言葉や表情に出したら負けなんです。行けば必ず、何か自分のためになることがある。だから、私はポジティブな感覚を失わずに、新しい環境で仕事をすることができた。

 アックスオンに転籍して、まず取り掛かったのは、徹底的な意識改革です。日本テレビとは、ともすれば主従関係のような状態で、彼らに使われている意識を持つアックスオンの社員は多かった。そこで、新年の社員総会の場で、当時会長だった氏家(齊一郎)さんに『日テレは最大かつ最重要のお客様だが、日テレ以外のお客様とも仕事をする』と直接宣言し、GOサインをもらった。あれで、社員の士気は高まりましたね。その後、TBSやWOWOWの番組制作を任せてもらい、社員は自信をつけました」

 そして2年後、アックスオンでの業績を評価された小杉氏は本社復帰。昨年6月に常務となり、この6月に専務へ昇格する。

「アックスオンでの2年間は、私の37年間の会社人生で、最も意味のあるものでした。充実した日々でしたし、信用を得るためには、肩書で人を判断してはいけないということも学んだ。それまで付き合いのあった人のなかには、転籍になった途端、あからさまに態度が変わった人がいましたから。『食事に行きましょう』としょっちゅう誘ってきたのに、一切連絡をしてこなくなった人。話していると、腹のなかで見下しているのを感じるかつての部下。彼らの姿を見て、私は人に対して誠実に正直に付き合おうと思いました」

 外資系医薬品会社、ジョンソン・エンド・ジョンソン元社長の新将命氏(77歳)も、2度の降格人事を経験している。1度目はエネルギー会社勤務時代。同期トップで課長となったのもつかの間、平社員へと落とされた。2度目は外資系飲料会社勤務時代。本社の部長から課長へと降格された。いずれも上司との衝突が原因だった。当時の苦境を「三つの支え」によって乗り切れたと語る。

「まずは、あきらめないこと。サラリーマンにとって『あきらめ』は楽だし、最大の誘惑です。これに負ければ未来はない。

 二つ目は、演技をすることです。降格されたとき、それを喜ぶ者が社内に必ずいますが、いちいち反応してはいけない。芝居でもいいから、嬉々として仕事をするべきです。良い意味で周りを騙すんです。前向きな態度は、次第に周囲の評価を高めるものです。

 そして最後に大切なのが、社内でも社外でもいいから、心のよりどころとなるメンターを見つけること。メンターとは日本語で言えば『師』でしょう。私にとって彼らの存在は、降格の憂き目にあったときの駆け込み寺でした。私の場合、30代半ばで自分より人生経験のあるメンターを社外に持つように努め、ことあるごとに相談していた」

 会社そのものが不祥事に直面し、思わぬ仕事に従事させられることもある。