脱グローバル論 日本の未来のつくりかた
第1回 グローバル社会VS. 国民国家のゆくえ その3

内田樹 中島岳志 平松邦夫 イケダハヤト 小田嶋隆 高木新平 平川克美

あまりにナイーブすぎるマスメディア

小田嶋 マスメディアというのは、その言葉通り、マス(大衆)に向けて発信するメディアですけど、実際にその中にいる人ってのはマスに対して非常にナイーブというか、無防備ですよね。このあいだ、「WEBRONZA」というサイトに朝日新聞の大阪の記者さんがすごく愚痴っぽいこと書いてたんですよ。ちょっと橋下さんの批判をすると、すごい勢いでメールが来て、「もう朝日新聞なんか取らない」と言われる。逆に、ちょっと褒めるようなことを書くと、今度は反対の陣営からガンガン来る。その影響力のあまりの大きさに自分は戸惑っていて……みたいなことをグダグダ書いておられたんですけど、私、呆れましてね。なんて内容なんだ、と。紙や電波のメディアで仕事してる人たちには、これまで読者や視聴者の声が、そんなに届いてなかったのかと思って、びっくりしたわけです。苦情が来たと言っても、どうせ100や200なんですよ。そんなの取るに足らない。たぶん内容的にもね。

 だって、私みたいな者のツイッターなんて、とんでもないですよ。ちょっとお見せできないような罵詈雑言とか、再現不能な悪口とかガンガン来てるんだけど、私はなんにも応えない。津田大介君なんか私よりもっとすごい、信じられないようなものも来てるんですね。彼には25万かな、フォロワーがいますので。でも、そんなの屁でもないですよね。そういう打たれ強さみたいなのは、ソーシャルメディアの人間の方が絶対強いと思うんです。

 マスメディアの人間って、旗立てて、黒塗りの車乗って現場へ行くじゃないですか。デモの周りでも、あれに乗ってパシャパシャ写真撮ってたりするでしょ。あの感覚でいるから、ちょっと「お前の新聞なんか取らない」なんて言われただけで、「われわれは商業メディアとしてやっていけるんだろうか」なんて悩む。なーに、クソ甘ったれたこと言ってるんだと(笑)。

平松 拍手してる方が会場にいらっしゃるようです。

小田嶋 ああ、そうですか(笑)。

平松 内田さんは『街場のメディア論』で、現在のメディアの問題を分析されていましたね。

内田 うーん、おっしゃる通りですね。僕は今、朝日新聞の紙面審議委員をやってるので、定期的に朝日の人たちとお話をするんですけれども、なんて言ったらいいんだろうなあ……自分たちがどういう歴史的な条件の中で形成されて、今この状況の中でどういう立場にあり、どういうふうに滅びていくのかということについて、ひろい視野で見るということができていない気がする。悪いけど、このままじゃ大新聞はどれも国民国家と一緒に滅びると思います。だって、マスメディアなんて近代のシステムなんだから。

「一億総中流」で「識字率100パーセント」というような特殊な社会でしか、発行部数1000万部の日刊紙なんか成立するはずがない。『ル・モンド』が35万部、『ガーディアン』が25万部、『ニューヨークタイムズ』でやっと100万部です。朝日新聞みたいな新聞なんか日本にしか存在しないんです。国民国家がなくなるとき、つまりグローバル化が進行して、日本社会が少数の富裕層と圧倒的多数の貧困層に二極化したとき、朝日新聞なんてもう誰も読まないわけです。「だから、旗幟鮮明にしてくれ」と僕はお願いしているんです。朝日新聞は国民国家、国民経済を死守する立場から、グローバル資本主義と刺し違えても戦うぞって(笑)。それで怒る人もいるかもしれないけど、そういう人は日経新聞読めばいいんだから。そう言うと、「僕も同意見です」と頷く論説委員の方もおられましたけども。ただ、さっきの小田嶋さんの話に出た記事ね。それ、僕も読んだんですけども、ほんとナイーブでしたね。