大特集「遺伝するがん」あなたは発病前に切りますか 米国の女優アンジェリーナ・ジョリーは事前に乳房を切除しちゃったけど

週刊現代 プロフィール

 遺伝子検査の結果がんのリスクが高いと分かった場合、予防的切除を行おうとすれば、必然的に該当の臓器を根こそぎ全摘出することになる。遺伝子レベルで判断できるのは、あくまで「どの臓器にがんができやすいか」であり、たとえば乳がんならば、どちらの乳房のどのあたりにがんができるのかといったことまでは分からないからだ。

 大腸がんの中でも「遺伝性非ポリポーシス大腸がん」や「家族性大腸腺腫症」とよばれる遺伝性がんについては、現在でも予防のための大腸全摘出手術が保険適用で行われている。多くの場合20代のうちに大腸を全摘出し、場合によっては人工肛門を設けることもあるという。

 胃や大腸を切除するときは、短くなった消化管を繋ぎ合わせ、失われた部分の働きを補う。しばらく経つと食道が胃の役割をはたすようになったり、小腸が大腸の役割をするようになるというが、回復までの患者当人の苦労は並大抵ではない。縫合部がくっつかず糸がほどけると、腹腔内に消化管の内容物が漏れるなどして炎症を起こすこともある。家族性大腸がんの予防のため、大腸を全摘出したAさん(男性)はこう語る。

「私は人工肛門こそ免れましたが、術後は断続的に炎症があって下血や膿がひどかったり、下痢が続いて脱水症状を起こしたりということが続きました。

 夜間の便の漏れもなかなか治らず、いつも下半身にタオルを固く巻いて眠っていたんです」

 とはいえ、事前に大腸を切除しなければ高確率でがんになり、死に至るのだから背に腹はかえられない。

 微妙なリスク判断を強いられるケースもある。例えば、すい臓がんの予防的切除手術だ。すい臓を全摘出すれば、血糖値を制御するインスリンが一切体内に分泌できなくなるため、糖尿病患者と同じく一生インスリンを投与し続けなければならない。しかし医学界では、すい臓がんは非常に予後が悪く生存率も低いため、そうしたリスクを勘案しても全摘出の方がマシ、という考え方もあるのだ。

 脳腫瘍や肺がん、肝臓がん、子宮がんなどにかかわる遺伝子についても、現在研究が進んでいる。だが、たとえこれらの原因遺伝子が分かり、発病確率が割り出せるようになったとしても、いつ発病するか分からないがんを抑えるために、健康な肺や肝臓を全摘出するわけにはいかない。生命維持に欠かせないこれらの臓器を傷つけるのは、それこそ本末転倒といえる。

「切除が不可能な脳や腎臓といった臓器のがんは、早期発見に努めるしかありません。しかもこのような難しい部位のがんの場合、遺伝子診断がある意味で『死刑宣告』のようにもなりかねませんから、患者の精神衛生という点でも、倫理という点でも大きな問題があります」(西原医師)

 予防的切除を行えば、確かにがんのリスクは減るだろう。しかしそれと同時に、新たなリスクが頭をもたげる。あなたが当事者だったら、後悔しない判断を下す自信はあるだろうか。