『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像』(佐々木実 著)
~はじめに より 抜粋

 小泉政権時代、日銀は、量的金融緩和と呼ばれる従来になかった金融政策を動員してマネーを大量に供給していた。これが為替相場を円安に導き、輸出企業を後押ししたのである。金融バブルに沸くアメリカだけでなく、急成長する中国という新たな巨大市場への輸出が伸び、日本企業は潤った。

 内実が輸出支援という旧来型の経済運営だったため、小泉政権が経済界の秩序を大きく乱すことはなかった。しかし、「構造改革」に破壊的な効果がなかったかといえば、そうではない。中国をはじめとする新興国の台頭に対応するため、日本企業は体質改善をはかった。「構造改革」はむしろこの面で企業経営者を強力にサポートした。

 たとえば、製造業における派遣労働の解禁などである。「構造改革」は企業の利益を押し上げる一方、労働者の賃金を引き下げる成果をあげた。「企業活動の自由」をなにより優先する新自由主義的政策の必然的帰結だった。

 利益分配のあり方を根本から変革することにこそ、「構造改革」の意義がある。地方への財政支援を大胆にカットする緊縮財政を小泉政権が強行したのもそのためである。

 結果として、正規社員と非正規社員、大都市と地方など、「階層化」と呼んでいいほどの大きな格差が生まれることになった。階層化を意図する政策だとはじめから理解されていれば、小泉政権への高支持率はありえなかったはずである。その意味で、「構造改革」の本来の目的をカモフラージュする役目を担った、隠れた主役ともいえる日銀の存在は注目に値する。

 意外なのは、こうした日銀の重要性に目をとめたのが、小泉政権で官房長官をつとめた安倍晋三だったことだ。

 第二次安倍政権が掲げる経済政策「アベノミクス」の背骨は、「インフレターゲット」政策である。日銀による強力な量的金融緩和策を長期にわたって実施する宣言ともいえる。安倍は、総選挙で繰り返し日銀のインフレターゲットに言及し、選挙に圧勝すると、日銀にあからさまな圧力をかけた。

 日銀が安倍に押し切られる形で「インフレターゲット」の採用を表明すると、投資家たちはもろ手をあげて歓迎した。株高、円安が進行し、「安倍バブル」と呼ばれるほど市場が活況を呈するようになったのである。