『市場と権力 「改革」に憑かれた経済学者の肖像』(佐々木実 著)
~はじめに より 抜粋

「民間でできることは、できるだけ民間に委ねる」──小泉純一郎が執心する郵政事業の民営化に注目が集まったが、核心はむしろ、「骨太の方針」に記された次の文章にあった。

〈医療、介護、福祉、教育など従来主として公的ないしは非営利の主体によって供給されてきた分野に競争原理を導入する〉

 それまでの規制改革は、既存の企業が活動するうえで障害になる規制を取り除く取り組みだった。たとえば、大型店の出店を規制していた大規模小売店舗法の廃止や、タクシー業界への参入規制の緩和などである。ところが、小泉政権はこうした経済的規制にとどまらず、医療や教育といった社会的な規制にも手をかけた。従来、「市場化」になじまないとされていた分野も聖域化せず、規制の緩和や経営主体の民営化によって、「市場化」していくと宣言したのである。

「市場化」により社会を改造するという構造改革の思想は、その後、日本社会を変質させていくことになった。

 企業活動の自由を全面的に解き放とうとする新自由主義の思想を極限にまで押し広げ、社会の全領域を市場化しようとする欲望を「市場原理主義」と呼ぶなら、小泉政権はたしかに市場原理主義的な性格を強く帯びていた。そうした「構造改革」のイデオローグが、竹中平蔵という経済学者だったのである。彼は閣僚として、金融改革や郵政民営化を手がけた実践者でもあった。

 ではなぜ、日本社会を変質させた「新自由主義」「市場原理主義」の導入に経済学者が貢献することになったのか。小泉政権の閣僚になったばかりの時期、『論座』(二〇〇一年一〇月号)のインタビューで竹中は答えている。

経済学者の政策決定への関与について、非常にわかりやすい例はアメリカです。私の友人でもあるローレンス・サマーズは、クリントン政権で財務長官を務めました。サマーズの先生にあたるマーチン・フェルドシュタインは、レーガン政権で大統領経済諮問委員会の委員長を務めた。そういう専門家が、専門的な立場で政策を遂行するという事例はアメリカでは早い時期から浸透している。