佐々木俊尚「新しい時代のジャーナリズムとは何か」

「ヨコをタテにするだけ」

 ジャーナリズムはどう定義される概念なのだろうか?

 私が昔働いていた毎日新聞の先輩記者は、こう言ったことがある。「ジャーナリズムは志(こころざし)だ」。つまり新聞記者などのジャーナリスト個人が、社会正義のために身を賭して行うものなのであるということなのだろう。

 しかしそうした考え方は、最近は受け入れられない。私も同意できない。社会正義という目的にしても、そもそもその正義はいったい誰のための正義なのか。たくさんの価値観があれば、たくさんの正義がある。価値観が多様化しているときに、社会正義はもはや一意ではない。

 ジャーナリズムは記者が取材し、取材した情報を発信することだという見方もある。しかしインターネットの情報洪水の中で、一次情報の価値は下がっている。もちろん権力監視する調査報道はいまも重要で、普通の人にはアクセスできない情報をとってくる価値は減ってはいない。けれども、これまでの新聞やテレビのジャーナリズムで多数を占めていたのは、単なる情報伝達だ。たとえば官公庁や企業の発表を記事にするようなこと。

 こういう仕事は新聞記者の世界では、以前から「ヨコをタテにするだけ」と自虐的に言われてきた。横書きになってるプレスリリースを、縦書きの新聞原稿に変えるだけという意味である。

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