こうした過去の事業がどのように人々の生活に役立ったのかを検証することは、土木技術の専門家や鉄道技術の専門家だけではなく、税金を納めている国民一人一人にとっても重要な課題である。
これまでの二作も、過去の「遺産」をひたすら自画自賛し、自己満足するのではなく、それぞれの事業の意義や、土木構造物の存在意義などをPRすることを心がけた。近代化遺産を理解することは、過去を検証し、将来につなげるためにも有益である。
「世界遺産」のおかげで日本人の「遺産」に対するイメージも大きく変化したが、近代化遺産や土木遺産に対する一般の方々の理解や関心はまだ高いとは言い難い。美術工芸品のような誰もが認める芸術的価値があり、周辺が観光地化されて土産物店でのショッピングやグルメが楽しめるわけではない。
山奥の鉱山やダム、今にも埋もれてしまいそうなトンネル、どこにでも架かっているような平凡な橋のどこに文化財としての価値があるのか、わかる人にしかわからないのが近代化遺産の現状である。
近代化遺産の中には、すでに国指定の重要文化財となり、遊歩道などが整備されて観光資源として活用されているケースもある。
だからと言って、大金を投じて駐車場や交通機関を整備し、アミューズメント施設やショッピングセンターを充実させる必要は全くない。近代化遺産は、ありのままの姿にその価値があり、CGや模型ではなく「本物が残っている」という点に最大の意義がある。
ブルーバックスで「遺産」の本を相次いで出版した動機も、「一人でも多くの読者に遺産の価値を知ってもらいたい」ということに尽きる。
一般的な観光地はガイドブックやネットの情報も充実していて、アクセス方法や見所など事前に予備知識を得ることができるが、近代化遺産は一部を除いてそのような状況に達していない。
知る人ぞ知るところに真価があると言えなくもないが、専門家や趣味者だけの知識で終わらせていてはもったいない。ぜひ本書を片手に現地を訪れ、遺産の魅力に触れていただきたい。
(おのだ・しげる 鉄道総合技術研究所勤務)
東京に残された「鉄道遺産」を研究の第一人者が解説する。駅舎や施設の貴重な歴史的写真・図版をカラーで豊富に掲載。保存版の一冊。