日本人が突如として「遺産」好きになった理由

『東京鉄道遺産』をめぐって
小野田 滋 プロフィール

 世界遺産が日本に浸透するまでは、しばらく時間がかかったが、土木学会の選奨土木遺産が始まった頃にはマスコミでも大きく取りあげられるようになり、世界遺産への登録をめぐって一喜一憂が繰り返されることとなった。

「世界遺産」で衝撃的だったのは、最初の登録件名として、法隆寺や姫路城と並んで白神山地(青森県・秋田県)が選ばれたことであった。日本人のほとんどが知らなかった場所がユネスコの自然遺産として登録されたのである。

 文化勲章を受章する前にノーベル賞を受賞したようなもので、その後の白神山地は全国に知られる存在となり、JRでは専用の観光列車まで登場させた。

 このため、それまで観光資源に乏しかった地域でも、地方の活性化、町おこしといったパラダイムの中で、「世界遺産」登録へ向けての取り組みがさかんに行われることとなった。

 猫も杓子も……と言ってしまうと語弊があるが、地方に埋もれた遺産が再発見・再評価されるきっかけとなり、遺産に対する認識が変化する契機となったことは事実で、新たな観光資源を発見することがさかんになるなど、大きな効果をもたらした。このためかどうかは定かでないが、「世界遺産」のハードルはより高くなり、今や鎌倉ですらなかなか登録にこぎつけない状況である。

 こうして「世界遺産」という称号は、ブランド名に近い価値を持つようになったが、「いきなり世界遺産は難しそうだが、とにかく○○遺産という称号がほしい」ということになり、選奨土木遺産の選定にあまり乗り気でなかった事業者からも関心を持っていただけることとなった。

 世界遺産にエントリーしている件名には、近代化遺産や土木遺産もいくつか絡んでいるので、これを契機に相乗効果がもたらされれば、お互いにとってもプラスであり、それまで土木学会の専門委員だけが推薦していた選奨土木遺産も、一般から自薦できる制度に改められた。

 近代化遺産を知ることは、先人たちがどのような考えで鉄道や道路を建設し、それによって地域や国土がどのように変化し、現在の生活につながっているかを知ることである。

 人が行った事業なので、間違った判断をしたり、完成したもののほとんど役に立たなかったりした例もある。

 私たちの生活を支えているさまざまな施設が、どのような考え方で建設され、どのように役に立っているのかを検証することは重要だが、構造物を完成させることが最大の目的となってしまっているので、その後の検証は、これまでほとんどなされていなかった。

 土木事業は、大半が公共事業として行われるが、その財源は国民の税金なので、無駄な投資は避けなければならず、合意形成に基づいて事業が遂行される。

 ダムを建設するか否か、新幹線と高速道路のどちらを選ぶかなど、さまざまな選択肢があり、しばしば利害が競合して社会問題に発展する。