資本主義に亀裂を入れる介護の力「介護の世界にこそ希望がある」!

「命より金」に抗う介護
三好 春樹

でも、目の前にいる弱者にできるだけ寄り添おうとする介護はまだ健在である。金儲けになるけどこれはやるべきではない、金儲けにはちっともならないけどここは頑張るべきだといった、時代の価値観への抵抗が可能な世界なのだ。

介護という仕事をすること、そして、良い介護をしたいと思うこと、そのことが今の日本の価値観を変えることなのだ。大げさに言わせてもらえば、資本主義に亀裂を入れることなのである。

従って、監修させてもらっている『実用介護事典』も、読者にその〝希望〟が伝わるものでなくてはならない、と私は考えてきた。

しかし、一般的に事典に求められているものは客観性であり権威だと思われている。ところが、この客観性と権威こそ、介護という世界に最も相応しくないものなのである。

介護は医療の指示の下にあるべきだと思っている人が多い。特に医者と看護師には。しかし医療と介護には根本的な違いがある。

医療が根拠とするものは客観性である。ある薬を、A医師が注射したら効くがB医師では効かない、なんてことになるとその薬は認められない。しかし介護では同じ関わり方をしてもAさんとBさんでは効果が違うのが当たり前である。Aさんのときには落ち着くのにBさんでは異常行動が起きるということだってある。つまり介護とは客観性の代わりに関係性がある世界なのだ。

だからこの事典では客観性には拘らない。ある著者の用語の説明文の後に、他の著者(その大部分は私だが)が別の文を、ときにはその説明に批判的な内容を付け加えるなんてのも珍しくはない。著者の個性が出たっていい、いやむしろ出すべきだと思っているのだ。

 
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なにしろ介護という仕事は、手足の障害や認知症を伴った高齢者の個性的な人生を創り出すものである。そのためには介護職もまた個性を発揮せねばならないのだから。

もうひとつ、介護に相応しくないものが権威や権力である。

介護の最も難しいこととは何か。私は、介護する私たちが天使にも悪魔にもなりうることだと考えている。一介の介護職とはいえ、私たちは、いい意味でも悪い意味でも被介護者に対して大きな影響力を持っている。彼らの前では私たちも権力者なのだ。

権力を持った人は堕落する。そうならないための歯止めが求められる。それを道徳と言えば共同体にかすめ取られる。倫理と言えば個人に還元されてしまう。

私は思想こそが歯止めではないかと思う。