特別企画 あの世紀の結婚から、6月9日で20年

あの笑顔が再び戻ることを
週刊現代 プロフィール

皇太子に心を揺さぶられて

 雅子妃が皇太子との結婚を承諾したのも、この世代ならではの論理だろうと香山氏は推測する。雅子妃は当初、皇太子のプロポーズになかなか首を縦に振らなかった。が、皇太子の一言が雅子妃の心を揺さぶった。

「皇太子の口説き文句は、『外交官として働くのも、皇室の一員になるのも、国のために働くという意味では同じではないですか』。雅子さまにとっては、ロマンチックな言葉より、『君の能力が必要だ』と言われるほうがグッとくる。いわば、ヘッドハンティングです。雅子さまは恋愛が成就して嫁いだのではなく、転職したぐらいの気持ちだったかもしれません。しかしこれが、大誤算の始まりでした」(前出・香山氏)

 かねてから「外交官は一生の仕事」と話していた雅子妃は、「皇室という道で自分を役立てたい」と意気込んだ。かつて雅子妃と席を並べて働いた、元外交官でライターの上田修子氏も、当時を振り返りこう語る。

「外交官には2種類の人間がいます。根っからの社交家タイプと、職人タイプ。雅子さまは後者とお見受けしました。軽々しく近付けないオーラを纏い、まさにプロとして外交という仕事をこなしている印象でした。そんな雅子さまだからこそ、自分が皇室外交を担っていこうという志は大変強かったのではないでしょうか」

 だが、現実は全く違った。いざ中に入れば、周囲は「早くお世継ぎを」の大合唱。その落差に激しく失望する。

 前出の渡辺みどり氏も、テレビマンとして第一線で活躍した自身の経験から、雅子妃の心中をこう察する。

「雅子妃はとびきり秀才で、勉強熱心。キャリアウーマンとして成功されるはずでした。外交官を続けていたなら、当然大使として活躍されていたでしょう。だからこそ自分の能力が評価されない皇室への順応は難しかった。私の場合も早稲田大学を出、第一期生として日本テレビに入社しましたが、『雑用の女王』と呼ばれても、へっちゃらでした。凡人ですから(笑)。しかし、そういうお気持ちにはなれない雅子妃は、さぞ辛い思いをされていただろうと心が痛みます」