結果的に幸せだった「がん宣告」それでも治療を選ばなかった人たち

週刊現代 プロフィール

 当時は独身で一人暮らしの身だったが、3度の結婚と離婚を経験した入川氏には5人の子供と5人の孫がいる。家族は当初、治療することを強く望んでいた。長男の鈴木正則さんが言う。

「『現役が続けられなくなったら自分の寿命はそこまでだ』と常日頃から話していたので、治療はしないという父の選択に、最終的には家族も納得しました。

 父はがんを抱えたまま仕事を続けた末、'11年10月に入院しました。治療はせず、痛み止めの処置だけ行っていたんです。父を見ているうちに、似たような状況になったときには自分も同じ選択をするのではないかと思わされるようになっていました」

 最初に医師から告げられた"タイムリミット"は'11年8月だったが、それよりも4ヵ月近く長く生きた。生前、自分の葬式費用を前払いし、般若心経も自らテープに吹き込んで準備万端を調える「自主葬」を実践、親しい人々との「お別れ会」も済ませていた。

「健康だったときはそんなこと口にしなかったのですが、『子供たちがいてよかった』とか『ありがとう』などと感謝の気持ちを伝えてくれたことが今でも印象に残っています。

 看取ったのは12月24日。主治医の先生に『今は息をしていますが、呼吸器を外すと止まります。外してもいいですか?』とたずねられて、『いいです』と答えました。その後、父は息を引き取った。苦しみも痛みも訴えず、静かに眠るように亡くなりました」(前出・正則さん)

 がんが見つかったとき、たとえ1%でも治る可能性があるのなら、少しでも命が延びるのなら、できる限りの治療を受けたいと思うのが人情だろう。

 けれど中には入川氏のように「治療をしない」という選択をする人もいる。そうした人が、だんだん増えてきているという。日本尊厳死協会副理事長で埼玉社会保険病院名誉院長の鈴木裕也医師はこう話す。

「死期を延ばすだけの延命治療を拒否する患者さんは、年齢に関係なく増加しています。治る見込みがないのに抗がん剤治療などを続け、副作用を多発させて惨めで不幸な姿になっていく患者さんたちを目にしていることが大きい。

 いかに生き、いかに幕引きしたらよいのか、そのことを真剣に考える人が増えてきたのだと思います」

 福岡に住む胃がん患者・山口勝己さん(72歳)も、そうした一人だ。

 胃がんが発見されたのは3年半前。早期だが内視鏡で取れる程度ではなく、医師からは「胃の3分の2を切除する必要がある」と言われた。治療を強く勧められたが、山口さんは手術・放射線・抗がん剤の三大がん治療をすべて断った。がんになった家族が、治療の甲斐なく亡くなっていったのを目の当たりにしていたからだ。