佐藤健太郎「歴史を変えた医薬品」第1回 病気と世界史

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佐藤 健太郎 プロフィール

大陸を征服したウイルス

 歴史を大きく変えた疾患としては、天然痘も有名なものだ。この病気は、ペストと異なりウイルス感染によって発症する。罹患すると高熱を発し、全身に独特の膿疱を生じて、もし治癒しても全身にあばたが残ってしまう。致死率は30%程度に達し、感染力が非常に強いため、死病として古くから恐れられてきた。

 天然痘の最も古い記録は、紀元前のエジプトにまで遡れる。日本でも、源実朝・豊臣秀頼・徳川家光・夏目漱石ら、錚々たる有名人がこの病気の経験者だ。奈良時代には、政界を壟断していた藤原四兄弟が、わずか4ヵ月の間に相次いで天然痘で亡くなっている。これは、彼らが追い落とした皇族の実力者・長屋王の怨霊の祟りとされ、恐れられた。ここで出来上がった怨霊信仰は、その後の日本人の宗教観に少なからぬ影響を与えたといわれる。

 西洋でも、この病気は多くの方面に爪痕を残している。たとえばフランス王ルイ15世は、64歳の時に突然天然痘に倒れ、わずか数日で急死した。後を継いだ孫のルイ16世は、「私は何一つ教わっていないのに」と、突然に大国の王座に就く羽目になったことを恐れ嘆いたと伝えられる。この後打ち続いてゆく政治的難局を乗り切るのに、19歳の彼は確かにまだ若すぎた。ルイ16世は結局フランス革命の進行を抑えられず、38歳で断頭台の露と散ることになる。ルイ15世を襲ったウイルスは、フランスのみならず西洋史の流れを大きく変えてしまったといえよう。

 しかし天然痘がその猛威を最も遺憾なく発揮したのは、アメリカ大陸においてであった。1520年、まだ発見されたばかりの新大陸に、一人の奴隷がヨーロッパから天然痘のウイルスをもたらしたのだ。それまでこの地には存在していなかった病気に対し、免疫を持つ者は当然皆無であった。メキシコを支配していたアステカ帝国の人口は、一世紀の間に2000万から160万に激減している。

 これと同時期の南米大陸では、わずか200人そこそこのスペイン人が、1000万人以上の人口を誇ったインカ帝国を征服するという、世界史上稀に見る奇跡を演じている。銃や馬など、スペイン軍の進んだ装備のおかげでもあるが、天然痘という恐るべき感染症の存在なくして、この征服劇はありえなかった。

 この前にインカ皇帝は二代続けて天然痘で亡くなり、その息子たちが帝位をめぐって争っていたため、国家が分裂していたのだ。フランシスコ・ピサロに率いられたスペイン軍は、そこにつけ入った。スペイン人たちは全く無事なのに、自分たちのみは次々に病に倒れてゆく有様は、インカの民にとって彼らが神に見放された証とも見えた。戦闘以前に、士気の差は明らかであったのだ。

 また北米のアメリカインディアンも、やはり天然痘のためほぼ絶滅に近い状態に追い込まれている。18世紀後半、入植者に対して抵抗するインディアンへ、イギリス人士官がわざと天然痘患者の使った毛布を贈ったことがきっかけともいわれる。これほど恐るべき生物兵器もなかった。

 こうした疫病はヨーロッパ人が世界に勢力を拡大する上で、大きな手助けとなった。彼らの持ち込んだ病原体は南アフリカ、オーストラリア、フィジーなど世界各地で流行し、原住民に巨大な被害を与えている。なぜ疫病はヨーロッパ人にとって有利に働くことになったのか、その興味深い考察については、ジャレド・ダイアモンドの名著「銃・病原菌・鉄」などを参照されたい。ともかく病原体の存在は、世界の歴史に我々が思う以上の巨大なインパクトを与えているのだ。

 天然痘は、つい最近まで人類にとって大きな脅威であり続け、その犠牲者数は20世紀だけで2億とも5億ともいわれる。しかし天然痘は、幸いにしてワクチンが有効な病気であった。1958年から始まったWHO(世界保健機関)の天然痘根絶計画によってワクチン接種が世界中で進められた結果、1977年を最後に新たな流行は起きていない。ひとつの感染症の撲滅に成功したのはこれが初めてであり、医学史上に残る快挙であったといえよう。

 人類を苦しめてきた各種の疾患はこうして封じ込められ、今や患者を目にする機会さえ激減した。もちろんあらゆる疾患を克服したというには程遠いが、こと病気に関して現代は、ほんの百年前に比べてほとんど別世界になったといっていい。こうした世の中が実現したのは、衛生観念の進歩などに加え、医薬やワクチンなどの進歩によるところが大きい。人類がいかにしてこれら優れた武器を生み出してきたのか、次回以降に述べてゆこう。

佐藤健太郎(さとう けんたろう)
1970年兵庫県生まれ。東京工業大学大学院理工学研究科修士課程修了。医薬品メーカーの研究職を経て、サイエンスライターに転身。2009年から3年間東京大学大学院理学系研究科広報担当特任助教をつとめる。2011年ウェブ・書籍などを通じた化学コミュニケーション活動に対して、第一回化学コミュニケーション賞を受賞。主な著書に『医薬品クライシス』(新潮社、科学ジャーナリスト賞2010を受賞)、『有機化学美術館へようこそ』(技術評論社)、『創薬科学入門』(オーム社)、『「ゼロリスク社会」の罠』(光文社)などがある。