佐藤健太郎「歴史を変えた医薬品」第1回 病気と世界史

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佐藤 健太郎 プロフィール

歴史は人のみが作るに非ず

 歴史好きというのは、いつの世にも少なくない。何やかやといいつつ、大河ドラマは毎年高視聴率を上げるし、書店でも歴史小説の棚は、目立つところにかなりの面積を占めている。熱中のあまり、三国志や戦国時代の武将や戦闘を片端から記憶して、何かにつけて薀蓄を語りたがる者が、あなたの周りにも一人くらいはいるのではないだろうか。こうした人たちは、史上の人物たちの演じてきたドラマをそこに見出し、惚れ込んでしまうからなのだろう。

 歴史は、何千年にわたる人間の行為の積み重ねだ。そこには、数々の英雄豪傑たちの言動、魅力的なエピソードが詰め込まれており、それらを紐解くことは好事家にとって無上の愉しみだ。しかし、それだけに目を奪われていると、歴史の流れがかえって見えなくなることがある。歴史は決して、人間だけが作ってきたわけではないからだ。

 歴史に大きな影響を与えていながら、あまり注目されず、教科書にも載らない事柄は少なくない。気候の変動などは、その例に挙げられるだろう。たとえば教科書を見れば、フランス革命は「対外戦争などによる財政破綻が原因で起きた」と書かれている。しかし実際には、ルイ14世時代の末期には、すでにフランスは深刻な財政難に陥っていた。

 にもかかわらず、革命勃発が一世紀近くも後の1789年になってからだったのは、この頃に気候が全地球規模で寒冷化し、食糧難が発生したことが大きく影響している。日本でもこの頃、江戸時代最大といわれる天明の大飢饉(1782~1787頃)が起きており、米屋の打ちこわしが頻発するなど、やはり治安が悪化している。日仏で同時に革命が起きていても、不思議はなかったのだ。食べ物が十分にあるうちは、多少政治が良くなかろうと、民衆もあえてお上に逆らおうとはしないのだろう。

ヨーロッパを覆った黒い死

 そしてもう一つ、歴史に重大な影響を与えてきた陰のファクターがある。ペスト・天然痘・風疹・リウマチ・がんなど、人類を苦しめてきた疾病の数々がそれだ。なかでも細菌・ウイルスによる各種の感染症は、現代の我々からは想像がつきにくいほどの猛威を振るい、何度も歴史に大きな影を落としている。

 有名なところでは、中世ヨーロッパを何度も襲った疫病・ペストが挙げられるだろう。カミュの小説「ペスト」などでも知られる通り、ペスト菌の運び屋になるのは多くの場合ネズミだ。その血を吸ったノミが、人間に菌を移すことで感染が拡大する。また肺を冒された患者の咳などから、飛沫感染する経路もあり、人口密度の高い都市などでは特に被害が大きくなる。

 ペストを発症すると、主にリンパ腺が腫れ、血液に乗って全身に回って敗血症を起こす。皮膚の下で出血を起こし、全身が黒いあざだらけになって死亡するため、別名を「黒死病」とも呼ばれる。主にリンパ腺が冒される腺ペストでは死亡率50~70%、菌が肺に回る肺ペストにかかると、ほぼ助かる見込みはない。