卓也くんはライフラインが途絶えた後の生活をシミュレーションしながら帰宅すると、すぐ母・貞子さん(49)に公園へ水を汲みに行くよう頼んだ。その水を卓上コンロで沸かすとペットボトルに入れ、それをくつ下でくるんで即席のこたつを作った。さらに、豆電球にリード線をつないで電灯をつくり、明かりを灯した。市内一帯が停電する中、卓也くんの家だけに電気の光が灯っていた。
貞子さんは言う。
「普段から、『東北に大きな地震がくるから』と情報を集めて、この子がいろいろと準備をしていたんです」
1週間後、卓也くんは、貞子さんの実家のある岩手県大槌町に向かった。約1300人の犠牲者が出た地域だ。
「爆弾が落ちたみたいだ……」
津波がさらった土地に火事で燃え残った家が黒々と残る人の気配のないモノクロの世界を、卓也くんは呆然と見つめて言った。貞子さんの実家はかろうじて無事だったが、多くを失った。
「自分に何かできないかとそればかり考えていました」(卓也くん)
そんなときだった。東北人の誇り高き魂を一つにして前進しようと、東北6県の代表的な夏祭りを集結させた「東北六魂祭」の開催が決まり、卓也くんに題字を書いてほしいとの依頼が来たのだ。被災した人の役に立てるチャンスだ。卓也くんは気合を入れた。気に入れば、一回で仕上げるときもある卓也くんが、2日間、「東北六魂祭」の5文字を書き続けた。