「人間対コンピュータ将棋」頂上決戦の真実【後編】
一手も悪手を指さなかった三浦八段は、なぜ敗れたのか

文/山岸浩史

---投了後の佐藤さんの姿は、見ていてつらくなるほど悔しそうでしたが、やはりコンピュータには負けたくなかったのですか?

 「いえ、コンピュータ相手に負けたことよりも、もう少し自分がちゃんとできたのではないかと、そのことが悔しかったんです。コンピュータに対する考え方は棋士によってさまざまですが、僕は肯定的です。

 今後の将棋界への影響についても、僕自身は悲観的なイメージは持っていません。マイナスはあるのかもしれませんが、いまそれを考えてもしかたがないことですし

 物静かな口調で佐藤は言う。「対決」というフレームなど、もともとなかったかのようだ。それにつられてつい、うかつなことを聞いてしまった。 

---では、コンピュータに負けたことの痛みもいまはない?

 「そりゃ、ありますよ

 ぴしゃりと佐藤は言い、そのあとこう続けた。

 「だけど、いいこともありました。それをプラスとして生かすように、棋士としてのこれからをやっていくしかありません

 船江のほうは、声の調子も明るかった。

 「この戦いを経験できて、本当によかったと思っています。将棋への考え方が変わりました。

 勝つことがいかに大変か、将棋の手の可能性がいかに広いか、たくさんのことを学びました。いまは自分の将棋を変えようと、かなり意識しています」

 関西将棋界のホープと将来を嘱望される彼は、プロの威信を賭けた勝負はまだこれからだ、と考えている。

 「よくコンピュータと棋士は、自動車と人間にたとえられますよね。でも、いまはまだ何とか、自転車と人間くらいだと思うんです。

 砂利道とか山道とか、まだコンピュータにも苦手な道がある。だから、次の機会があれば棋士もいい勝負ができると思いますし、もっている力を出しきれれば、棋士が勝てると思います」

 そして自ら、こう言った。

 「負けたことは申し訳なかったと思いますが、僕には特別なダメージは残っていません。ただ、勝ちになった終盤でひどい手を指してしまった、あの局面だけはいまでも思い出すんです」

 2人の話に、私の浅薄な予見は裏切られた。さまざまな感情はあったはずだが、彼らはコンピュータに敗れたことが自分の「糧」になったと、ごくシンプルに言い切った。プロ棋士とは「負けることのプロ」でもあるのだと思った。

 こうした棋士の姿こそ、広く人々の胸を打つ将棋界の「財産」ではないだろうか。また、彼らがそう言っているのを知った山本さんと一丸さんが心底うれしそうだったこともつけくわえておきたい。