『北朝鮮に消えた女 金賢姫と李恩恵の運命を追って』の著者、野田峯雄によれば、埼玉県警の刑事が、ハリウッド池袋店にやってきたのは、李恩恵の身元発表の前、四月の終わりか、五月のはじめだった。
ハリウッドの山田光明店長によれば、「ちとせ」=李恩恵は、きれいな、目立つ女だった。きりっとひきしまった体型で背丈もあったという。ハイヒールを履いて百六十五センチぐらい。韓国の国家安全企画部の作った似顔絵は、「ちとせ」とは似ても似つかないもので「ちとせ」は、素晴らしい美人だった。
そして一~三歳の子供を抱えていたという。
店長は、「ちとせ」については、三つの事しか覚えていない、と云った。
失踪する一月前に、二十七万円を「ちとせ」に貸した事。店長は、その金でアパートを借りたのではないか、と推測している。
二人の子供をベビーホテルに預けっぱなしにしていた事。ベビーホテルから電話が入ったために、「ちとせ」の兄に連絡して、ひきとって貰った。
三つめは、欠勤が続いていたので、アパート・メゾン青葉に様子を見に行ったものの、ドアは施錠されていた事。この後、ベビーホテルの一件もあずかって、アパートの管理人にドアを開けてもらったが、もぬけの殻だった。
ハリウッドは、七のつく日が給料日だった。
五月の二十七日に給料を貰ってから、店に現れなくなった。
店に入る経緯については、誰の紹介でもなく、いわゆる「飛び込み」だった。
福富さんは、テレビなどに出演する時、ハリウッドは、託児所があるので、その日から働けると、つねづね云っていたからである。当時、池袋店の託児所には、十~十三人の子供が預けられていた。
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