キャバレーの経営をしていれば、ホステスをめぐるトラブルは避けられない。
福富さんによれば、かつてはトラブルや事故が起こると、不思議と店が繁盛した、満席になった。かつて宮益坂のナイトクラブで、守衛が惨殺されるという惨たらしい事件が起こったという。守衛は首を絞められ、売り上げが全部盗まれた。こんな事件が起きると客足が遠のくだろうと思いきや、案に相違して三日間満員だった。
『ハリウッド』でも、ホステスが硫酸をかけられたり、ホステスが別れた亭主を包丁で刺したりする事件があった。そういった事件が起きると、どの席で刺されたのか、どんな風に殺されたのか、とお客が満員になった。
とはいえ、さらにとんでもないトラブルもあった。
昭和五十三年の六月はじめ、池袋ハリウッドでホステスとして働いていた、「ちとせ」と名乗る女性が姿を消した。
ホステスが消えるというのは、日常茶飯のことだったので、誰も心配はしなかった。
それから十三年後の話・・・・・・。
平成三年五月十五日、警察庁の吉野準警備局長は記者会見をして、次のように語った。
「大韓航空機爆破事件の犯人・金賢姫の日本人化教育係、李恩恵については、一九八八年(昭和六十三年)二月以来、国民の協力も得て、身元特定のための調査を行なってきたが、このたび李恩恵の特徴に酷似する女性が浮上し、とりあえず裏付けを行なった結果、この女性が李恩恵である可能性がきわめて高いと判断するに至った。その人定は―国籍、日本。氏名、T・Y子(匿名希望)。失踪直前、池袋付近の飲食店(大衆キャバレー)に勤務していたとき、『ちとせ』と名乗る。生年月日、一九五五年七月五日ごろ。失踪当時の住所、東京都豊島区。本籍および出生地、埼玉県。/今日、訪韓した(警察庁の)担当者が金賢姫にT・Y子の写真をみせたところ、金賢姫も、李恩恵だと答えた。その細かなことは、担当者がこちらへ戻ってからあらためて説明したい・・・・・・」(『北朝鮮に消えた女』)
韓国の情報謀略機関である国家安全企画部も記者会見を行って李恩恵の身元が判明したとし、翌日の十六日、金賢姫に内外の記者たちにたいして、「恩恵先生に間違いありません」と語らせた。
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