[障害者スポーツ]
伊藤数子「“できない”と思ったことが“できた”ときに得られるもの」

~キッズチャレンジプロジェクト~
スポーツコミュニケーションズ

自分の力で滑ることで得られた自信

 稲治さんが最も大事にしているのは「スクールに来てくれたゲストの方々と、感情を共有すること」だと言います。ゲストにとって、しかもスキーを体験したことのない障害者にとって、スキー場は異次元の世界。辺り一面、真っ白な雪に覆われている山の中に自分の身を置いている、そのこと自体が、もう日常生活と違うわけです。ですから、日ごろにはない興奮状態でもあるでしょうし、その緊張感の度合いもいつもとは違います。つまり彼(女)らにとってはその時点ですでに大変な「非日常」にいるのです。

 一方、インストラクターにとってはスキー場はまさに「日常」のことで、そこにいるだけで興奮することはありません。でもそれではゲストと感情を共有することはできません。そこで、「ネージュ」ではゲストの様子をよく観察して、気持ちを察して、理解することを大事にしています。だからこそ、「スキーに乗れた」「少し進めた」「リフトに乗れた」……そんな小さなことが、本人にとっては大きな進歩であることを理解し、一緒に喜ぶことができるのです。これが稲治さんの言う “感情の共有”です。今回、子どもたちがすぐに笑顔になったのも、稲治さんが「最後には必ずみんな笑顔になる」と仰るのも、そうしたインストラクターの“感情の共有”があるからにほかなりません。

チェアスキーで颯爽と滑り下りてくる姿に、「かっこいい!」という声も

 また、チェアスキーを初めて体験する子どもたちにとって、嬉しいことがあります。今回のプロジェクトのように健常の子どもたちも一緒に参加するときに、こんなことが起きるのだそうです。チェアスキーに乗った子どもたちが、真っ先に颯爽と滑り降りてくると、「えっ!? すごい! 速くて、かっこいい!」と、自分たちよりずっと早く上手く滑ってくるチェアスキーの子どもたちに、障害のない子たちが素直に声をかけるのです。そんな嬉しい声を、チェアスキーに乗った子どもたちは浴びることができるのです。

 考えてみれば、障害のある子どもたちは、ふだんは自分たちが先頭になるという体験をほとんどしていません。特にスポーツでは、健常の子どもたちが先にマスターしてしまいますから、友達の背中を見ていることの方が圧倒的に多いのです。ところが、スキーは違います。チェアスキーは2本の板に椅子をつけたもので、そりのように簡単に乗ることができるようになっています。そして、後ろには取っ手がついていて、それをインストラクターが押しながらコントロールしていきます。しかし、すぐに、インストラクターのサポートなしで、子どもたちは自分だけのバランス感覚で滑ることができるようになります。自分の力で滑る喜びを得られ、そのうえ、いつもは背中を見ている健常の子たちから拍手喝さいを浴びる。子どもたちは楽しさと、そして自信を獲得することができるのです。この日もそれは子どもたちの生き生きとした表情によく表れていました。

 稲治さんは言います。「できないと思ったことができたとき、人には希望と勇気が湧いてきます。ここに降るたくさんの雪とわたしたちスタッフが、少しのお手伝いをすることで、それは実現するのです」

 初めてのこと、経験のないことは、スポーツに限らず不安が生じます。障害があって、しかもまだ経験の少ない子どもはなおさらです。しかし、そこでほんの少しだけ後押してくれる機会、道具、人の存在があれば、想像をはるかに超える希望と勇気を手に入れることができるのです。稲治さんたちと、子どもたちに、またたくさんのことを教えてもらいました。

伊藤数子(いとう・かずこ)
新潟県出身。障害者スポーツをスポーツとして捉えるサイト「挑戦者たち」編集長。NPO法人STAND代表理事。1991年に車いす陸上を観戦したことが きっかけとなり、障害者スポーツに携わるようになる。現在は国や地域、年齢、性別、障害、職業の区別なく、誰もが皆明るく豊かに暮らす社会を実現するため の「ユニバーサルコミュニケーション活動」を行なっている。その一環として障害者スポーツ事業を展開。コミュニティサイト「アスリート・ビレッジ」やインターネットライブ中継「モバチュウ」を運営している。2010年3月より障害者スポーツサイト「挑戦者たち」を開設。障害者スポーツのスポーツとしての魅力を伝えることを目指している。著書には『ようこそ! 障害者スポーツへ~パラリンピックを目指すアスリートたち~』(廣済堂出版)がある。