二宮清純レポート ダルのこと、大谷翔平のことを語りつくす
陽岱鋼「なぜ日ハムはいいチームなのか」

週刊現代 プロフィール

 身体能力に優れていると言われる台湾原住民のアミ族の血を引く。中日で活躍し、'88年にはMVPに輝いた郭源治もアミ族の出身だ。

「喜んでハイタッチする時のジャンプ力。あれは、日本人にはないものです」とは、前監督の梨田。それを聞いて不意に"陽ジャンプ"と、現役時代の郭源治のはねるような"郭ダンス"が私の脳裡で重なった。

大谷翔平のすごいところ

 '03年、岱鋼は福岡第一高で野球をやっていた次兄・耀華を追うかたちで同校に進学した。同校は'88年夏、前田幸長(元ロッテなど)を擁して準優勝に輝いたことのある福岡の強豪だ。

 どんな少年だったのか。当時、監督を務めていた平松正宏が明かす。

「能力はズバ抜けていました。足は速い、肩は強い。ボールを遠くへ飛ばす能力もある。それ以上に驚いたのが頭の良さです。言葉のハンデをものともせず、自らコミュニケーションをとって学校に順応していく。日本語での試験なのに、3年生になると成績はトップクラス。漢字テストは100点。他の野球部の生徒はだいたい50点か60点。"オマエら、日本人なのに恥ずかしくないのか!?"と怒ったことを覚えています」

 平松は兵庫育英高監督時代の教え子に大村直之(元近鉄など)や藤本敦士(東京ヤクルト)がいる。彼らに比べて、どうだったのか。

「陽は肩が強いから三遊間の難しい打球に飛びついてもアウトにできるし、ヒジや手首が柔らかいからセンター前に抜けそうな打球を捕ってスナップスローで殺すこともできる。僕の知る限り、高校生のショートではナンバーワンでした。

 ドラフトにかかった時、僕は"大村や藤本よりも上"と言いました。すると後で2人から怒られてしまったので、もう言わないようにしています(笑)」

 これほどの逸材を、プロが放っておくわけがない。陽を1年夏からマークしていたのが、当時の日本ハム関西・九州担当スカウトで、現在は台湾プロ野球の統一で指揮を執る中島輝士だ。

「2つ上の兄貴を見に行ったら弟の動きに目が止まったんです。もう早い段階で日本ハムは1位指名することを決めていました。ところが……」

 '05年秋の高校生ドラフト会議。当初は日本ハム、ソフトバンク、広島の3球団の1巡目指名が確実視されていたが、直前になって広島が降りたため、2球団の競合となった。