[裏方NAVI]
大木学(帝京大学ラグビー部アスレティック・トレーナー)<後編>「チームを救った“準備”」

スポーツコミュニケーションズ

観察力が生み出した自信

 4連覇を達成した昨シーズンの大学選手権、決勝を前にアクシデントが起こっていた。準決勝の終了間際、当時3年の李聖彰が左の足首を捻挫してしまったのだ。李はオフェンス、ディフェンスの両面で起点となる、いわゆる「ナンバーエイト」。チームにとっては欠かすことのできない選手だった。本人はもちろん、チームの誰もが次の決勝に出場することを望んでいたことは言うまでもない。しかし、足首の腫れは決して小さいものではなかった。決勝まで約10日。判断は大木とチームドクターに委ねられた。

 3日後、大木は「これなら大丈夫だ」と確信した。腫れはまだひいてはいなかったが、順調に回復していた。チームドクターの意見も、大木と一致していた。2人からの“GOサイン”に、本人もチームも安堵したに違いない。果たして、李は無事に決勝でもスターティングで起用された。

 この時も大木の普段の観察が活かされていた。
「私が、『よし、いける』と思えたのは、日常の彼の姿勢を見ていたからです。トレーニング、ケア、食事、睡眠……彼はいつもきちんとやってきていました。だから残り1週間、チームの総力をあげて可能な限りの治療を加えれば、決勝に間に合わせるだけの回復力が彼にはあると思ったんです。あの時は『絶対に大丈夫』と、これまで以上に信じる気持ちがすごく強かったですね」
 帝京大学ラグビー部のスタッフに就任して、11年。チームとともに、大木もまた、進化し続けている。

<雨ニモマケズ 風ニモマケズ 雪ニモ夏ノ暑サニモ負ケヌ>
 言わずと知れた、宮澤賢治の詩の冒頭文である。大木は、この詩の切り抜きを手帳に入れて、常に持ち歩いている。ふとした時、これを読んでは自らを省みるのだという。
「この詩に書いてあることって、トレーナーとして大事なことばかりなんです。例えば、<丈夫ナカラダヲモチ>なんて、絶対に必要ですからね。特に気に入っているのは、<東ニ病気ノコドモアレバ 行ッテ看病シテヤリ 西ニツカレタ母アレバ 行ッテソノ稲ノ束ヲ負ヒ 南ニ死ニサウナ人アレバ 行ッテコハガラナクテモイゝトイヒ 北ニケンクァヤソショウガアレバ ツマラナイカラヤメロトイヒ>という件。これってトレーナーの仕事そのものだなぁ、と思うんです」

 アスレティック・トレーナーとは、いわゆる裏方である。決して表舞台には出てはこない。だが、いや、だからこそ、大木は自らの仕事に誇りを持っている。すべての栄光の背景には、こうした裏方に徹することのできる優秀な人物がいることを忘れてはならない。

(おわり)

大木学(おおき・まなぶ)
1972年生まれ。有限会社トライ・ワークス所属。96年、早稲田大学人間科学学部スポーツ科学科卒業。2000年、Western Michigan University修士課程修了。米国のスポーツクリニックや高校でのトレーナー、いすゞ自動車ギガキャッツ・バスケットボール部アシスタント・トレーナーを経て、02年より帝京大学ラグビー部ヘッドアスレティック・トレーナーを務める。同部の4連覇に大きく貢献した。

(斎藤寿子)