[裏方NAVI]
大木学(帝京大学ラグビー部アスレティック・トレーナー)<後編>「チームを救った“準備”」

スポーツコミュニケーションズ

準備から求められる本気度

 大木が準備の段階から本番に向けた本気度を選手に求めるのにはワケがあった。
「大学選手権というのは、選手にとって特別な大会。だからこそ、勝ち進むにつれて独特のプレッシャーが募っていくんです。決勝の舞台ともなれば、特にそうです。普段の対抗戦などとは、まったく別の力が働くことがよくある。だからこそ、アクシデントが起こりやすいんです」

 あるワンシーンが、大木の脳裏をよぎっていた。2007年シーズン、帝京大学は準決勝に進出し、史上最多優勝を誇る早稲田大学と対戦した。勝てば初の決勝の舞台が待っていた。ところが前半10分、ひとりの選手が出血し、一時交代を余儀なくさせられるというアクシデントが起こった。大木はその時、チームに異変が起きていることを感じていた。

「傷自体は、ほんの切り傷程度だったんです。普段なら、特にパニックになるようなものではありませんでした。ところが、ふとグラウンドを見たら、チーム全体に動揺が走っているのがわかりました。試合開始早々ということもあったのでしょう。『こいつがいなくなったら、ディフェンスのラインは大丈夫だろうか……』というような表情が、あちらこちらで見えました。その時、改めて痛感させられました。こういうプレッシャーのかかる舞台では、ほんのちょっとの狂いが、これだけ大きな影響を及ぼしてしまうものなんだなと」

 もちろん、シナリオなどないスポーツにアクシデントはつきものである。だからこそ、準備が必要なのだ。いかにアクシデントを最小限に食い止められるかが、勝敗にも大きく影響する。
「普段通りに走って、普段通りにプレーする」
 簡単なように思えることこそ、大きな舞台では重要であり、それゆえに難しい。だからこそ、準備段階から本気が求められるのである。そのことを大木は、権にも理解させたかった。

「あそこまで考えて、自分に接してくれているとは思っていませんでした。今はとても感謝しています」
 後に大木は人づてに、権がそう言っていたことを聞いたという。結果的に、権は夏合宿に間に合った。そして、重要な1ピースとしての役割を果たし、4連覇に貢献する活躍を見せた。
「権が全試合に出場してくれたことが、本当に嬉しかったですね。彼のようにケガから復帰した選手がその後、離脱せずシーズンを全うする姿を見ると、トレーナー冥利に尽きます」