『対中戦略 無益な戦争を回避するために』(近藤大介著)
~第1章より「仕掛けられた反日デモ」他抜粋~

 翌日、旧知の日本大使館関係者に聞くと、次のように語った。

 「15日は都合3度にわたって、中国外交部に抗議の電話を入れました。中国がいまやっていることは、明らかにウィーン条約違反だからです。われわれは大使館の正門ではなくて、裏手の門から、目立たぬ服装でこっそりと出退勤しています。そこはまだデモ隊には気づかれていませんが、もしこちらにもデモ隊が押し寄せたら、大使館を閉鎖するしかありません」

 ちなみに、大使館と同じ敷地内には、錦鯉が泳ぐ広大な日本庭園を有した日本大使公邸がある。この大使館関係者によれば、公邸の主である丹羽宇一郎大使は、公邸に引き籠もり状態だという。

 6時半になって日が暮れると、デモ隊は"好運街"を物色し始めた。

 日本大使館の南手に広がるこの辺りは、別名「北京のリトル・トーキョー」と呼ばれる。約1万人の日本人駐在員と、その家族たちは、この近くの東苑公寓、公明公寓、龍宝大廈、サマセットという4つの高層マンション群に、固まって暮らしている。

 "好運街"には、乾山寿司、武蔵屋、蔵善、松岡・・・と多くの日本料理店が軒を並べる。どの店も臨時休業し、表のドアの前には、大型の五星紅旗を掲げ、「釣魚島是中国的!」(尖閣諸島は中国のものだ)という貼り紙をしている。

 デモ隊の若者たちは、これら日本料理店の一軒一軒を物色していく。ペットボトルを投げ入れたり、ドアを揺すって、「鬼子(日本人)はどこへ行った!」と奇声を発したりしている。

 日本料理店の間でひっそりと開店していたマッサージ店のマネージャーに聞いた。

 「ウチは客の半分以上が日本人でしたが、ここ数日は開店休業状態で、今日も午前中から一人の客も来ていません。デモ隊たちが押し寄せてきた時に備えて、店内に置いていた日系女性誌や日本語の案内板などは、すべて隠しました。十数人のマッサージ師には、何か聞かれたら『日本人には奉仕していない』と答えるよう指示しています」

 だが、これは杞憂というものだ。デモに参加した若者たちは、いくら激しいデモで肩や脚が凝っても、1時間98元も払ってマッサージを受けるという発想はないからだ。

 夜10時きっかりに、武装警察が日本大使館前を離れた。彼らは20人ひと組で隊列を組み、足を振り上げながら、"好運街"を南に下っていった。

 夜11時過ぎ、珍妙な光景を目撃した。日本大使館脇に、黒塗りのベンツが5台、停車したのだ。すると、車を待ち受けていたように、朝のデモ隊の"指導員"たちが続々と乗り込み、北の方角に消えていった。筋骨隆々たる体型、鷹のような目付き、そしてベンツでのご退勤。彼らが「当局の人間」であることは間違いないだろう。