【第24回】はこちらをご覧ください。
「頭が痛いよ! 痛くてたまらないよお!」
息子がこんな叫び声を上げながら家に戻ってきたのは、春休みも終わり近くを迎えた4月初旬の夕方のことだった。
その日、僕は前月から連日のように続く激務で体調がおかしくなり、職場を早退させてもらって、家のソファでうとうとと寝ていた。そこへ息子の大声が聞こえてきたのだから、びっくりしたのも無理はない。すぐに飛び起きて玄関に駆けつけた。
「おい、どうしたんだ? 大丈夫か?」
息子はかろうじて靴を脱ぎ、家に上がったところだった。顔色は真っ青、じっと立っていることができない様子で、ふらふらと身体を揺らしている。驚いている僕に、息子は言った。
「道を歩いていたら、自転車が前から突然、猛烈な勢いで僕の方に突っ込んできて、轢かれそうになったんだ。避けようとしてパッと飛びのいたら、塀の角に、頭を凄い勢いでぶつけちゃったんだよ」
「何だって? そんなに強くぶつけたのか?」
「そうだよ。今まであんなにひどく頭を打ったことはないよ。気持ちが悪い。頭の骨が折れたかもしれないよぅ」
息子は涙ぐみながら訴えると、頭を抱えたまま玄関口で倒れ込んでしまった。
「お、おいっ・・・」
僕は、愛する息子のただならぬ様子を目の当たりにして、パニックに陥った。身体は硬直し、口がガクガク震えるばかりで、「どのくらい痛いんだ?」と言葉を続けることもできなかった。
ASD(自閉症スペクトラム障害)を抱える僕は、ただでさえ突発的な出来事に対応するのが非常に苦手だ。それがこのときは、「いつも元気な息子が、帰宅した途端『頭を強くぶつけた』『頭痛がする』『頭の骨が折れた』などと叫んだ挙げ句、目の前でバタリと倒れた」のである。冷静に対応できるはずがなかった。
心の中が真っ白になり、頭から出た大量の汗が頬や首筋を伝っていくのがわかった。両手はブルブルと震えて止まらない。
それでも、こわばった腕で、グッタリしている息子を必死に抱き上げ、「だ、大丈夫か!」と呼びかけていると、騒ぎを聞きつけた妻が台所から慌てて飛び出してきた。僕は大声で「救急車を呼んで!」と叫んだ。
「どうしたの? え、頭をぶつけて痛がっているって? 大変じゃないの! とにかく寝かせましょう」
妻に言われた通り、僕は息子を抱きかかえてリビングに運んだ。そして、つい先ほどまで自分が居眠りをしていたソファに息子を寝かせた。息子は相変わらず「痛いよぅ」「気持ちが悪いよぅ」などと小声で呟き続けている。