海部美知「ビッグデータ文明論」最終回 第三次産業革命は終わったのか?

メルマガ「現代新書カフェ」より
海部 美知 プロフィール

 私は2000年代の後半、まったくこの論文と同じように、IT分野において、90年代のような目覚ましい技術革新がこの先果たしてありうるのだろうか、誰かが身を切ることなしにマージンを増大させられるイノベーションがありうるのだろうか、とずっと疑問に思っていました。05年頃の「ウェブ2.0」は大きなイノベーションではありましたが、その時点では、バブル崩壊で大幅な過剰在庫に陥った通信やコンピューター設備を「消費」するだけのものに見え、新しい「富」を生み出すものと思えなかったのです。

 そのなかでビッグデータに出会って、「ああ、これかもしれない」と思ったのが、この分野の勉強を始めたきっかけです。デジタル化でバタッと裏返ったものはもう終わりかもしれませんが、その副産物として膨大なデータの蓄積を生み出し、それを処理するための技術革新を促しました。通信やITの過去30年近い動きを見ていると、技術革新でこうした「何か」の供給が爆発的に増えるのは、世の中が大きく動く前触れなのです。

先進国の「次の繁栄」を切り開く

 おそらく、現在見えているようなビッグデータ技術だけでは、まだ私たちが直面しているすべての問題を解決することはできないでしょう。生活保護不正受給問題は頑張れば解決できるかもしれませんが、例えば、私と同年代の女性にとっておそらく今最も苦しい課題である高齢者介護問題、日本の原発問題、若い人たちの引きこもりや就職難問題、さらには世界中の食糧・資源不足、医療問題、テロ対策、飢餓や貧困などは、私が知る限り、ビッグデータがすぐに役に立つ場面はあまり思いつきません。

 一橋大学名誉教授の今井賢一氏は、著書『創造的破壊とは何か 日本産業の再挑戦』のなかで、「有用な知識」と「臨床の知」が波状的に出現するイノベーションのプロセスについて述べています。科学や技術の世界では、前に発明や発見されたセオリーが広く知られて「知識プラットフォーム」(「有用な知識」)となり、そのプラットフォームの上に具体的な技術や製品などの次の世代の技術(「臨床の知」)が築かれます。その臨床の知からは、さらに新しい有用な知識の体系が紡ぎ出されるという形で、技術や知識は発展する、というモデルです。そして、技術だけでなく、社会的なセオリーや仕組みにおいても、実は同じようなプロセスを経てきています。

この連載に、大幅な加筆・修正をくわえたものが『ビッグデータの覇者たち』という一冊にまとまりました。

 もしかしたらビッグデータの技術は、今のグーグル検索やアメリカ議会図書館のツイッター・アーカイブのような形で、社会科学的な「知識プラットフォーム」を作る、という役割までで止まるかもしれません。先に挙げたような超難問の解決は、そのプラットフォームを利用して、さらに次のセオリーやテクニックを生み出してから後のことかもしれません。

 それでも、先進国で「モノを作る過程でマージンを生み出す」という富の仕組みが終わった現在、「サービス業で富を生み出す」「社会的な難問を解決する」という次の繁栄を切り開くには、ビッグデータ技術などを使って、「知識を集めて増幅させる」という仕組み以外に、有効なやり方を私は知りません。

 テクノロジー分野の著名なライターであるクレイ・シャーキーは、著書『Cognitive Surplus(コグニティブ・サープラス=知力の余剰)』のなかで、産業革命後のイギリスにおける混乱と、そのなかから生まれてきた知のプラットフォームについて述べています。