特別対談 畑村洋太郎×加藤陽子
「福島原発事故から何を学ぶか」

効率重視の罠

畑村: これもみんなの視界からすっぽり消えていることなんだけど、4号機で事故が起こるとは当初誰も思っていなかったんです。

加藤: なぜでしょう?

畑村: だって、4号機は定期点検中で止まっていたんだから。なのに、なぜ事故が起きたのか。実は3号機と4号機は一つの排気塔を共有していたんです。だから、3号機が水素爆発を起こした時に、一緒にやられてしまった。「もらい事故」だったんですよ。

 これは全体の設計の欠陥です。一つの排気塔を共有するなんて、まったくケチでバカげた設計だと思うけれど、でも誰もそのことを言わない。別々の排気塔にしていれば、4号機は何事も起こらなかったはずなのに。

加藤: そうだったんですね。

畑村: だからね、全体をもっとずっと突き放して見なきゃいけないんです。

 政府事故調は原子力の専門家を入れていないから、ちゃんと調べられないんじゃないかと言われたけれど、原子力の専門家はこういうことを指摘してきましたか? 言わなかったからこんな事故になったんじゃないか、と僕は思うんですよ。

加藤: どうしても原発は原子炉中心主義になりますが、周辺を含め、全体を俯瞰して設計する思想が大事ですね。設備についてだけでなく、運用についてもそうですね。

 障害物をどかすのに必要な重機を動かせるのが下請けの人だけだったから、急遽派遣を求めたとか、吉田所長が消防車による注水の検討を指示しても、そんな命令はマニュアルにないから、どの機能班も自分たちの仕事と認識せず、時間ばかりが経過したとか。作業員の身につける警報付きポケット線量計が、早い段階で刈羽原発から五百個届いていたのに、東電はそれを一ヵ月近く放置したまま、線量計を装着せずに作業させていたというのも、初めて知って驚きました。

畑村: そういったことが全部クリティカルな問題になると考えた東電の人間が、一人もいなかったということですよ。

 いつも決まった通りのことをするのが仕事だと思っている人がどんなにたくさん集まっても、イレギュラーなことが起こった時の対応はできません。いくら訓練をして、マニュアルを決めても、本当に大変な時には全然役に立たない。その場で起こっている現象を自分で見て、今自分に求められていることは何かと「独立した個」が考える以外にないんです。

 しかし、日本は「独立した個」をつくらないことを是として、最大効率で動くことばかり考えてきた。そのツケが今回まわってきたように思えます。