「欠乏」が病気の原因になると気付いた者たちの「血みどろの努力」

『栄養学を拓いた巨人たち』
杉 晴夫 プロフィール

 食物になにかが欠けていると健康が損なわれることは、現在では常識となっている。しかし、われわれがこの常識を獲得するまでには、多くの研究者の忍耐強い「血みどろの」研究が積み重ねられたのである。

 食物に有毒な物質が含まれていれば病気になることは誰でも容易に理解できるが、食物中にごく微量の物質が欠けていても病気になることを人々に納得させる困難さは、現代のわれわれの想像をはるかに超えるものであった。

 彼ら米国の偉大な研究者たちの努力が、わが国ではあまり知られていないように思われる。この理由のひとつは、20世紀初頭のビタミン研究の黎明期に、オランダのエイクマンと英国のホプキンスがビタミンの概念の提唱により早々とノーベル賞を授与されてしまったことにもあるように思われる。エイクマンは食物中の必須微量成分を「ビタミン」と命名したにすぎず、ホプキンスのマウスを用いた実験に至っては再現不能であることが判明している。

 ビタミンの実態を明らかにする「血みどろ」の研究は、彼らの受賞後にスタートしたのであった。

 第4章では前章に引き続き、水溶性ビタミンであるビタミンB群の発見史を、日本人の貢献もあわせてたどっていく。わが国を含むアジア諸国でよくみられる脚気の原因について、エイクマンは未知の栄養物質の欠乏によると考え、この物質を「ビタミン」と命名した。この場合にも、脚気が未知の病原菌によって起こると考える人々の根強い反論が障害として立ちはだかった。

 この論争がもっとも激しく起こったのは日露戦争時のわが国で、海軍が高木兼寛(かねひろ)の意見により食事に玄米を取り入れて脚気を根絶したにもかかわらず、陸軍の森林太郎(鴎外)は頑迷にもこの成果を認めなかったため、陸軍では万を超える脚気による病死者を出したのであった。

 玄米の米ぬか中に含まれる未知の栄養素は、米国の偉人ウィリアムズの努力により、純粋な形で化学的に単離され、さらに科学的に合成されるに至った。これが現在よく知られ、薬剤として市販されているビタミンB1(サイアミン)である。

 このウィリアムズの不朽の業績にみちびかれて多くの種類のビタミンが次々と単離され、化学構造が解明され、さらに薬物として合成されるようになり、現在のわれわれの健康の増進に大きく寄与しているのである。

 第5章は、われわれの体内で起こる化学反応(エネルギー代謝反応)の解明の歴史である。ここでも、たとえば現在「生体のエネルギー通貨」として知られるアデノシン三リン酸(ATP)発見をめぐる凄絶な先取権争いなど、多くのドラマが展開された。

 またこの章では、第4章で発見された各種のビタミンが、生体内の代謝反応にどのように関与しているかを、具体的に説明する。さらに現代の栄養学が抱える問題点についても考えてみたい。

 最後の第6章では、おもにわが国を例にとって、栄養学の社会とのかかわりについて考える。

 実はわが国で先覚者、佐伯矩(さいきただす)の活動により栄養学が学問として認められ、1920年に国立栄養研究所が設立されたころ、欧米ではまだ学問としての栄養学は存在しなかったのである。当時、わが国では激烈な「七分搗(つ)き米―胚芽米論争」が続けられ、結局「七分搗き米」を奨励する政令が出されて決着がつけられた。

 その後、世界各国でも栄養学の確立とともに、人々の健康と食生活にたいする関心が高まり、種々の栄養薬や栄養食品が販売され、栄養学は完全に政治行政の世界に組み込まれるに至った。

 わが国の栄養学は第二次世界大戦中、欧米に大きく後れをとり、戦後、これに追いつくのに多大の努力を必要とした。この時期、欧米の知見をわが国へ紹介することに尽力したのが、現在も矍鑠(かくしゃく)として活躍中の日野原重明と、筆者の実父である杉靖三郎らであった。

 また、大戦末期にわれわれは食料不足から栄養失調による飢餓に直面し、終戦後は政府の適切な栄養行政が喫緊の課題となった。結果としてわれわれはこの困難を米国の援助物資などによって乗り切ったのであった。

 このとき、米国駐留軍サムス大佐の尽力により、わが国の児童に対し米国からの援助物資による給食が支給され、やせ細っていた児童がたちまち健康になった事実を忘れてはならない。戦後のわが国のめざましい経済成長を成し遂げたのは、当時の児童たちであったのである。

 本書の読者が栄養学の確立に貢献した先人たちの血のにじむ努力に思いをはせ、彼らが明らかにした栄養学の知識を各自の健康増進に役立てていただければ幸いである。


目次
第1章 栄養学の黎明期
第2章 「消化と吸収」をめぐる論争
第3章 病原菌なき難病
第4章 ビタミン発見をめぐるドラマ
第5章 エネルギー代謝解明をめぐるドラマ
第6章 栄養学と社会とのつながり

著者 杉晴夫(すぎ・はるお)
一九三三年生まれ。東京大学医学部助手を経て、米国コロンビア大学医学部および国立保健研究所に勤務ののち、帝京大学医学部教授、二〇〇四年より同名誉教授。現在も筋収縮研究の現役研究者。編著書に『人体機能生理学』『運動生理学』(南江堂)、『筋肉はふしぎ』『生体電気信号とはなにか』『ストレスとはなんだろう』『現代医学に残された七つの謎』(講談社ブルーバックス)、『天才たちの科学史』『人類はなぜ短期間で進化できたのか』(平凡社新書)など多数。日本動物学会賞、日本比較生理生化学会賞など受賞。一九九四年より約十年間、国際生理科学連合筋肉分科会委員長。
『栄養学を拓いた巨人たち』
「病原菌なき難病」征服のドラマ

杉晴夫=著

発行年月日:2013/04/20
ページ数:270
シリーズ通巻番号:B1811

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(前書きおよび著者情報は2013年4月20日現在のものです)