パソコンのフリーズが「治らない」理由 『不完全性定理とはなにか』

ゲーデルとチューリングの考えたこと
竹内 薫 プロフィール

「ぶぶぶ! 私は職業柄、かなり論理的な人間だという自負があります。矛盾したことなんか言いませんよ」

「しかし! あなたというシステムが整合的であるかぎり、『システム内で自らの整合性は証明できない』。それこそ、ゲーデルの第2不完全性定理の教えるところですぞ」

「意味わかんないけど、いま第2って言いました? じゃあ、第1もあるんですか」

「あります。第1不完全性定理は『数学的に正しいけれど証明できないことがある』と教えてくれます」

「またまた矛盾してませんか?」

「いいえ。あなたの頭の中には、数学的に正しい、つまり真であることと証明できることが等しい、という前提があるんじゃないですか。でも、その前提はまちがっている」

「で、でも、学校で定理を証明するでしょう。定理は真だからこそ証明できるんじゃないんですか」

「ま、学校で教わることはそうですが、ゲーデルは極限状況を考察したのです。その結果、自己言及の方法によって、真偽という概念と証明可能か否かという概念が微妙にズレていることを発見したのです」
(忠告:ここで眉間に皺が寄ってしまったハイエンドアマチュアの読者は、このプロローグを読むのはいったん中断して、119ページあたりをお読みください)

 おじさんは謎の笑みを浮かべている。心優しきプログラマーさんは質問を続ける。

「うーん、ところで、そもそも、チューリングとゲーデルってどう関係するんですか?」

「そうですね……ゲーデルは、数学者が紙と鉛筆で証明をおこなうプロセスを厳密に考察しました。その結果、算数の計算ができるような理論があったとして、その理論の内部では証明できないことがある、という結論に達しました。で、チューリングは、証明のかわりに計算の本質を追究した結果、無限ループに陥って計算が終わるかどうかわからない、いいかえると、計算できないことがある、という結論に達しました。どうです? 似てませんか?」

「なるほど、ようするに証明と計算は同じということですか」

「はい、ゲーデルが考えた『証明できない文』は、基本的にチューリングが考えた『計算が終わらないプログラム』と同じなのです。それが、鬼の先輩プログラマーさんがゲーデルとチューリングの名前をあげた理由なんでしょうな」

 心優しきプログラマーさんは背筋にゾッとするものを感じた。

「あ、あなた、なんで鬼の先輩プログラマーさんのアドバイスを知ってるんです? いったい、あんた何者?」

「さきほどのあなたの質問にお答えしましょう。私はあなたに会ったことがある、つまりイエス。でも、会ったことはない、つまりノー。そのこころは……私はあなた自身なのですよ。自己言及というやつですな」

おじさんは、カッカッカと花咲爺さんみたいに哄笑すると、踵を返し、何事もなかったかのように歩き始めた。

魔物に魅入られたかのように動きが止まっていた心優しきプログラマーさんが、われに返り、あわてて呼び止めようとすると、もうおじさんの姿はどこにもなかった――。

目次
第0章 こころの準備
第1章 無限に挑んだドン・キホーテ、ゲオルク・カントール
第2章 ラッセル卿の希望を打ち砕いたクルト・ゲーデル
第3章 チューリングの辞書に「停まる」という文字はない
第4章 Ω数、様相論理、エトセトラ

著者 竹内薫(たけうち・かおる)
サイエンス作家。1960年東京生まれ。東京大学教養学部教養学科、同理学部物理学科卒。マギル大学大学院博士課程修了(高エネルギー物理学理論専攻、理学博士)。「たけしのコマ大数学科」(フジテレビ系)、「サイエンスZERO」(NHKEテレ)など、テレビでの科学コミュニケーションでもお馴染み。主な著書に『熱とはなんだろう』『超ひも理論とはなにか』(ともにブルーパックス)など。http://kaoru.to @7takeuchi7 (撮影 斎藤將記)
『不完全性定理とはなにか』
ゲーデルとチューリングの考えたこと

竹内薫=著

発行年月日:2013/04/20
ページ数:246
シリーズ通巻番号:B1810

定価(税込):945円 ⇒本を購入する(Amazon)
(前書きおよび著者情報は2013年4月20日現在のものです)