「天才」と呼ばれた人が、本物の「天才」に出会ったとき

神童東大生「オレは大したことない」
週刊現代 プロフィール

「バカと天才は紙一重」とはよく言ったもので、レードルは決して優秀な学生ではなかった。むしろ、公式や解法を暗記するような作業を苦手とし、問題を早く正確に解答することもできなかった。だが彼にはそれを補ってあまりある「ひらめき」があった。フランクルは続ける。

「日本の大学の数学科なら、彼は合格すらできなかったでしょう。ただし、どこから手をつけたらいいのかさえ誰もわからないような問題を前にしたとき、彼は誰にも真似できないひらめきで解決することができた。

最も驚いたのは、彼が『アルファベットの文字を見ると、それぞれに色のイメージが浮かぶ』と言っていたことです。例えば『Aは赤、Bは緑、Cは白銀』といった感じです」

こうしてひとつの感覚刺激が、別の感覚刺激を引き起こすことを「共感覚」と言う。画家のレオナルド・ダ・ヴィンチ、物理学者のリチャード・ファインマンなど、天才と呼ばれる人々に多い資質と言われている。

「一般に論理的な思考は言葉や文章で行われますが、彼の場合、イメージや絵が浮かぶ。彼は独創的なひらめきを持つ半面、説明は下手で論文もまとまりが悪かった。これがこのタイプの天才が活躍しにくい理由だと思います。私はそういう部分を補う役割でした。良いコンビでしたよ」

 

田中伸明(29歳)は、京都大学理学部を卒業後、'09年の東京大学プログラミングコンテストに優勝した天才プログラマーだ。'12年には世界中で約19万人がプログラミング技術を競う「TopCoder」というWEBコンテストで世界のトップ12人に選ばれ、フロリダに招待された。いわば世界の上位0・006%に属するトッププログラマーなのだ。彼に言わせれば、ネコ男で話題のPC遠隔操作技術さえ、「簡単ではないけど難しくもない。プログラマー全体で見ればトップ1割くらいのレベル」ということになる。

彼が出会った本物の天才は、そのフロリダに招待されたプログラマー12人の中にいた、東京大学理学部数学科4年の副島真(21歳)だ。筑波大附属駒場高校在学中、3年連続で数学オリンピックで金メダルに輝いた数学の天才でもある。しかも3年生時の'09年には世界最高得点を叩きだし、野田聖子科学技術大臣(当時)に感想を問われ「今年は簡単だった」と言い放った伝説の持ち主だ。田中は言う。

「プログラミングのロジックの組み立てや数学的センスはもちろんですが、普段から独特なズレ方をしていて、勝てないと思う。

旅行に行くにしても、『緯度と経度が整数で交わるところに行こう』『県境が3つ交わるところに行こう』と言って普通じゃない。

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