「天才」と呼ばれた人が、本物の「天才」に出会ったとき

神童東大生「オレは大したことない」
週刊現代 プロフィール

「ああ、俺は別のことをやろう、と。つまり、純粋数学の研究者として児玉のような大天才と競う道ではなく、自分の得意分野を伸ばそうと決意したんです」

郡山にとってそれは、社会と交わって生きる、ということだった。大学1~2年時に小学生向けの算数の参考書を出版し、3~4年時には塾を作ってカリキュラムを組んだ。世間と接点を持つことに関しては、数学の大天才たちより自分のほうが秀でていることにも気づいた。

「フランスに留学して経済学に出会い、これだ、と思いました。数学オタクになるんじゃなくて、もっと世の中に貢献できることを勉強しようと思った時、経済学、それもミクロ経済学がピッタリだったんです。

僕が自分の進む方向性を決められたのは、児玉に会って『勝てない』と気づかされたおかげです。子供の頃から憧れていた数学者になれなかった、それは確かに挫折かもしれない。でもその挫折を学生時代に経験したおかげで、僕はより自分に合った道を見つけられた気がします」

 

バカと天才は紙一重

2人の出会いの場となった数学オリンピック日本チームのコーチで、ハンガリー出身の世界的な数学者、ピーター・フランクル(60歳)は、来日以前に出会ったタイプの異なる2人の天才の名前を挙げる。

「私が人生で初めて出会った天才は、ラースロー・ロヴァース氏でした。彼はハンガリーのオトボス大学の先輩で、驚異的に頭の回転が早く、一を聞いて十を知るタイプでした。国際数学オリンピックにも4度出場し、3度金メダルをとっている。私も時として天才と呼ばれることがありますが、彼の車のほうが速かった。追いつけないな、と思いましたよ」

圧倒的な処理速度を誇るロヴァースを「頭脳明晰タイプ」とするなら、もう一人の天才は独創的な発想で難事を解決してしまう「ひらめきタイプ」だ。フランクルは「彼を前にすれば、ロヴァース氏も私も天才とは言えないかもしれない」とまで言う。ボイタ・レードルという数学者がその人である。

「彼と知り合ったのは、私がフランスの国立科学研究センターにいた頃です。数学の国際会議で意気投合し、チェコ工科大学に勤務していた彼とプラハで共同研究をしました。そのときほど、『自分はいくら頭の回転が早くても、所詮努力型だ』と思ったことはなかったですよ」

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