NTTはどこへ行くのか
【第5章】NTTグループと海外進出の歴史(4)
米国への進出とべリオの買収

第5章(3)はこちらをご覧ください。

欧州を避け、アジア市場を固める

 前回に続き、90年代後半から始まったNTTの海外展開について解説してゆきましょう。

 1997年1月、「NTTの今後の国際事業への取り組みについて」と題した声明を発表し、同グループは国際市場への進出を内外に宣言しました。しかし、NTTはすぐに動くことができません。ようやく、公社から株式会社として走り出したNTTが、本格的な海外事業をおこなうのは「NTT法の改正後」あたりからです。

 当時、私は駆け出しの通信ジャーナリスト。日本のメディアに、日本の通信業界が国際化の波に取り残されようとしている---と通信国際化に関する記事を書いていました。セミナーでもワールドコムや欧州通信戦争などを取り上げました。そしてしばらくすると、日本のメディアでも、通信市場の国際化に関する記事が増えて行きます。いま思い出せば、懐かしい話です。

 日本政府も、こうした世界の動きに強い関心を示し、日本の通信事業者も国際市場への進出を後押しすべきだとの機運が高まり、1997年6月にNTT法の改正がおこなわれます。これを追い風に、NTTグループは積極的に動き出します。

 欧州市場ではすでに大手事業者が汎ヨーロピアン・データ・ネットワークの建設を進め、激しい市場競争が始まっていましたが、そうした欧州市場を横目に、NTTはアジアとアメリカ市場を狙いました。

 アジアではタイやフィリピンで展開してきたNTTの海外キャリア事業をテコにしたいと考え、アジア各国が持っている国際通信事業者への出資や提携、現地法人の設立、通信免許の取得などを目指しました。また「マルチメディア・スーパー・コリドー(回廊)」プロジェクトを唱え、アジア各国を結ぶデータ幹線網も整備してゆきます。

 つまり、激戦が続く欧州市場を後回しにして、お膝元のアジア市場を固めようとしたわけです。こうして2000年頃までに、スリランカやマレーシアから始まった海外キャリア事業は、ベトナムやシンガポール、韓国、中国などへと広がりました。

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