大宅賞受賞『カウントダウン・メルトダウン』著者船橋洋一に藤野英人が聞く【後編】 「原発事故が明らかにした『権力のカラクリ』を国民が学ばなければ危機に強い社会はできない」

藤野: 3.11のとき、政権党が民主党であったことは、どうお考えですか。

船橋: 自民党は「民主党は官僚を敵に回していたので、使いこなせなかった」と主張していますね。

 しかしこれは眉唾です。どこが政権党であっても、総理大臣が誰であっても、今回の危機対応は難しかったと思います。むしろ、自民党政権であったら、東電とグルになって情報を隠蔽しているという批判が起こったことも考えられます。

 ただ、ひとつ確実に言えるのは、民主党よりも自民党の方が、組織が地元に根ざしているということです。地震・津波・原発事故のどれをとっても、自民党政権下では、もっと早く地元の情報を収集できたかもしれません。

 民主党は、足腰の弱さが露呈しましたね。地域へ入り込めていない分、行政や東電に頼った面があります。

藤野: 私は、民主党政権で良かった点に、官邸で中心となって動いたスタッフが若かったことがあると感じています。細野さんは1971年生まれ、枝野さんは1964年生まれです。

船橋: 菅さんと海江田さんは団塊の世代ですが、寺田学さん(当時の総理補佐官)は1976年生まれ、馬淵澄夫さん(当時の総理補佐官)は1960年生まれですね。ほぼ6日間、官邸は寝ずの戦いをしていましたが、この点は確かに運が良かったと言えるでしょう。代わりに、高齢の高官などは早々にこの動きから外れています。

 ただ、今は自民党もずいぶん若返りました。

原発事故で日米がもっとも緊張した瞬間

藤野: 少し、話を遡ります。船橋さんは今回、"最悪のシナリオ"と日米同盟を軸に本を書かれたというお話でした。この日米同盟ですが、当初は連携がうまくいっていませんでしたね。

船橋: そうです。そもそも、日米同盟の仕組みをここで活用しようという発想がなかったのです。というのも、日米同盟は、外務省と防衛省、そして米国務省と米軍の、2プラス2の間にあるものだからです。

 しかし、原発事故の当事者は、東電であり、経産省であり、保安院です。

 それに、アメリカでは1979年のスリーマイル島事故以降、原発を新規に建設していません。一方で日本は、70年代から建設を進めていて、福島第二が稼働したのは80年代に入ってからです。ですから、アメリカは日本の方が原子力に関して進んだ知見を持っていると考えていたわけです。仮に何か支援を申し出ても、「Thank you, but no thank you」と言われると思っていた。

 ところが、日本政府からは支援要請どころか情報が一切来ない、西海岸でも放射能の影響が出るかも知れないとなり、不満が募ります。

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