大宅賞受賞『カウントダウン・メルトダウン』著者船橋洋一に藤野英人が聞く【前編】 「菅首相が極秘につくらせた『最悪シナリオ』を入手したとき、この本の取材は始まった」

 それから、テレビ会議の記録です。千代田区内幸町にある東京電力本店のオペレーションルームと、福島第一原発の免震重要棟の2階にある現地対策本部を結んだテレビ会議の内容が、少しずつ公開されるようになりました。この記録も貴重です。

 もう一つ、そこでの会話のメモを取っていた人のメモの内容を教えてもらうことができました。原子力安全・保安院(当時)には、3月17日までのクロノロジー・メモがありました。これはとにかく、時系列で何でも記録をとっておくという、危機管理の基本に沿ったものです。

 危機管理の際には、テレビで何が言われているか、誰からどんな電話がかかってきたか、官邸からどんな連絡があったか、ひたすら記録します。犬が吠えたというようなことでも、記録しておくのです。

 原子力安全委員会(当時)は、3月11日から3月末までののメモが役に立ちました。とくに事故後一週間くらいはあったことをひたすらホワイトボードへ書いていくナマのままの情報が多いです。

 原子力安全委員会から入手したメモは、段ボール6箱分にも上りました。とても使いきれませんでしたが・・・。

藤野: 膨大な量のメモを集めることが、第一歩だったわけですね。次のステップはなんですか。

船橋: 再現です。芥川龍之介の『羅生門』のように、みな、同じ事象に異なる解釈をしています。また、記憶違いや忘れていることもあります。ですから、周囲から得た情報を元に「あなたあのとき、こう言ったんですって」「こういう表現をしたんですか」と本人に聞いて、記憶をぶくぶくと泡立たせることを心がけました。

 これは、とても手間暇がかかることで、これまでの取材でもノンフィクションの場合は「再現」の取材は時間がかかるのですが、今回は桁違いでした。

原発事故の全体像を誰も把握していなかった

藤野: 読んでいると、まるで船橋さんがそこにいたかのようなライブ感がありますが、実際はそうではないわけですよね。何を言ったか言わなかったかもそうですが、時系列を正確に把握するのも難しそうです。

船橋: その通りです。クロノロジーを正確につかうのは本当に最後まで苦労しました。

 たとえば、第19章「飯舘村異変」では、SPEEDIを使ってのシミュレーションを試みる官邸の様子を書いています。菅さんと班目春樹さん(当時の原子力安全委員会委員長)らとの会議の間、その部屋に、5人が入れ替わり立ち替わり入ってきて、その都度、議論が止まるんです。この会議を再現するのが、最も大変でした。

 その会議に出席している秘書官や官僚たちはメモをとっているのですが、総理や官房長官の座るソファーからは物理的に離れていて、壁の花のようにして座っているので、何を話しているか、聞き取りづらいんですね。はっきり聞こえるのは、菅さんの怒鳴り声くらいです。

 この会議の場の議論の流れの検証は、入れ替わり立ち替わりの5名のメモと記録にもとづいて再構築しました。ここは苦労しましたが、やりがいもありました。