二宮清純 レポートプロ野球開幕特別版
牧田和久(西武ライオンズ投手)サブマリンの美学

現代ビジネス編集部 プロフィール

 それに、と牧田は言葉をつないだ。

「アメリカは球場の雰囲気がいいですよね。7回の表が終わると、皆で歌うじゃないですか。"テイク・ミー・アウト・トゥ・ザ・ボールゲーム"って。敵味方関係なく、スタンドのお客さん、全員が立ち上がって歌う。あれは、とても新鮮に感じられました」

 楽しそうに語る牧田は、野球少年そのものだった。

 スリークォーターからアンダースローに転向したのは静岡・静清工高(現・静清高)1年の秋だ。ひょんなことが、きっかけだった。

「同級生に県外から来たピッチャーがいたんですけど、140Ɠ台のストレートを投げていた。本格派はそいつに任せるとして、ウチの高校は毎年、技巧派もひとりつくっていたんです。それで部長が"下から投げてみろ"と。

 これが僕には合っていた。体の構造の問題なのか、僕は縦回転よりも横回転の動きの方が投げやすいんです。違和感なんて全くなかったですね」

表示不能の体感速度

 大学は関甲新学生リーグの平成国際大へ。2年時には日米大学野球にも出場した。しかし、プロからの誘いはなく、卒業後は社会人野球の日本通運に進んだ。都市対抗野球39回出場を誇る名門である。

「当時、アンダースローのピッチャーは少なかったから、よく覚えています。真下からボールを投げる、きれいな下手投げだったね」

 そう語るのは、日通OBで、西武黄金期の名セカンド辻発彦である。

「僕が社会人の頃、東京ガスのアンダースローで、"兄やん"こと松沼博久がいた。後に西武で一緒に野球をやることになるわけですが、牧田と比べた時、球は兄やんの方が速かったかもしれない。

 ただ器用さでは牧田が上。昔のアンダースローのピッチャーはフォームが大きく、ゆったりと投げていた。左足が沈み、右手がトップにくる。バッターとしては、そのタイミングに合わせて始動したものです。

 ところが、牧田の場合、それじゃ間に合わない。プロに入ってから僕も注目するようになったんだけどクイックがうまく、コントロールもいいから始動が遅れると、どんどん追い込まれてしまう。

 もし僕が打席に入った場合? ウーン、ホップするストレートはちょっと打てそうもないね。打ってもポップフライになるから捨てるべきでしょう。