慶応に大きく差をつけられて 早稲田のライバルは明治になったのか第1部 なぜこんな中途半端な 大学になったのか

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 しかし、先の現役学生の言い分はこうだ。

「そういうあんたがウチの大学の評判を落としたんだろ! という感じです。そもそも遊んでいて就職できた時代はもう終わったんです。僕らにとって、OBのオジさん方が言う『古き良き早稲田』のイメージは迷惑でしかない」

 他大学に類を見ない「ジェネレーションギャップ」—それこそが、現在の早稲田の苦境を象徴していると言えるだろう。

 そもそも「古き良き早稲田」とはどういう学校だったか。

 まず自由さ。誰も授業など出なかった。授業の出席率があまりに低く、教授側もそれを見越して教室を用意するため、全員が出席すると教室に入りきらないというのは有名過ぎる話。

 一方で、タモリ、北大路欣也、そして吉永小百合など、多くの俳優やタレントを輩出してきた「文化の香り」があった。こうした人々の多くは、授業を夜間に行う第二文学部出身。「夜間部」は早稲田の最大の魅力のひとつであり、優位性であった。

 しかしある頃から、早稲田は慶応に勝てなくなった。『慶應の人脈力』などの著書があるジャーナリストの國貞文隆氏は言う。

「'90年代からの日本を襲ったデフレ不況の影響で、若者も多くが『安定』を求めるようになりました。一番大きな変化は地方の受験生が、東京の大学を目指さなくなったことです。田舎者の憧れとして、多くの地方出身者を受け入れていた早稲田は、都市部での人集めを求められるようになりました。

 一方で、元から都市部の学生が多く、日本最強のOB会『三田会』を背景に、企業エリート養成学校として高い就職率を維持してきた慶応の人気は揺るがなかった」

昔はあんなに自由だったのに

 そうして早稲田は慶応のマネをするようになった。大学の特色でもあった夜間部を'10年度までにすべて新規募集停止。女子学生と外国人留学生を増やした。最近では文科省の指導のもと、授業の出席率をあげようと、授業ごとに色の違う出席カードを用意したり、院生を雇って代返を監視させたりしている。

 マネをしてみたが、結局慶応には勝てず、早稲田は「自由」という唯一の優位性すら失ってしまった。そして皮肉にも、早稲田は就職市場でもますます「魅力の薄い」大学になりつつある。就職率でみれば慶応83・6%に対して早稲田は76・1%と差は大きい。政経学部卒の男子は言う。

「2年前、政経学部3年だった僕は、NTTデータ、NTTドコモ、アクセンチュアなどITや通信の大手企業を中心に20社程度エントリーしましたが、すべて落ちてしまい、早々に心が折れてしまいました。ゼミの同期18人のうち、5人が卒業時点で内定がなかったので留年しました。