[パラリンピアンの挑戦]
スプリンター高桑早生の進化

スポーツコミュニケーションズ

進化に伴う自己ベストの予感

 さて、実際に高桑のトレーニングを見てみると、足の動きや感覚をひとつひとつ意識させ、頭と身体に染みこませようとしていることが見てとれた。例えば3歩目のところにマーカーを置き、「1、2、3」の「3」で強く地面を押し出すようにして走る。これは「地面を押す感じを意識させることで、1回のキックで大きく前に進む感覚を身に付けさせるものだ。最終的には強く地面を押し出す感覚ではなく、しっかりと地面をとらえながらも、軽くタッチするような接地感覚を身に付け、バネのある軽快な走りにつながっていくのだという。

均等にマーカーを配置し、歩幅の感覚を身に付ける練習

 さらにマーカーを歩幅に合わせて置き、その間を走らせる。傍目からは何気ない練習メニューのように映る。果たしてこれはどんな意味をもっているのか。すると、高桑と高野コーチからこんな会話が聞こえてきた。
「どんな感じ?」
「遠い感じはもうないですね」
「うん、そうだね。見ていても、無理なく走れているよ」
 実はこの練習にこそ、高桑の進化があったのだ。

 ロンドンパラリンピック当時、高桑の歩幅は163センチだった。しかし、現在は180センチ間隔に置いたマーカーの間を、無理なく走ることができている。つまり、金メダリストとほぼ同じ歩幅となっているのだ。聞けば、ロンドン前の練習では170センチでも、足を伸ばすことを強く意識して、やっとやっと走れるくらいだったという。それが今では180センチという歩幅を難なくクリアしている。その要因はどこにあるのか。高野コーチから挙げられたのは、上半身と下半身の動きだ。

「足の動きに関して言えば、地面に足を着いてから、すぐに蹴り上げるのではなく、もう一方の足の腰の部分が前に移動してから、蹴り上げる。こうした腰の移動を意識することで、滞空時間が長くなり、その結果、歩幅が広がっているんです。一方、彼女の走りの特徴として腕の振りの力強さが挙げられるのですが、これまでは腕の動きにつられて上半身もねじれていたんです。これでは力が逃げてしまいます。そのねじれの原因のひとつが、肩甲骨まわりの筋肉の硬さにありました。ロンドンの後、彼女に懸垂をやらせてみたんです。棒を顔の前ではなく、後ろにして自分の身体を持ち上げるには、肩甲骨まわりの筋肉を中心に寄せるようにギュッと締めることが必要です。ところが、彼女は1回もできなかった。つまり、その部分の筋肉が使えていないということです。そこで昨年12月からは、肩甲骨まわりの筋肉の柔軟をやらせています。その結果、以前よりは上半身のねじれが減りました。本人も『楽に走れるようになった』と言っていますので、これも要因のひとつだと考えられます」

 現在、高桑が目指しているのは4月20日に熊本で開催される「チャレンジ陸上競技大会」だ。それに向けて、4月6日には今季初レースとなる「JDTオープンフェスタ」に出場する。高桑は11年9月のジャパンパラリンピックで初めて実戦の場で13秒台(13秒96)を叩き出し、中西麻耶がもつ日本記録まで、わずか0.12秒と迫った。しかし、それは高野コーチに言わせれば「出した」のではなく「出てしまった」に過ぎないという。その証拠に、彼女はそれ以降、一度も13秒台を出してはいない。

 だが、次に13秒台を出した時、それは間違いなく彼女の実力である。おそらくその後、13秒台は彼女にとって当然のタイムとなることだろう。とはいえ、「タイムよりも重要なのは内容」と高野コーチ。今の時期に細かな動きを確認し、しっかりとフォームを固めることこそが、今後の伸びにつながるからだ。と同時に「これまでの練習の成果が出せれば、自己ベストは十分に狙える」という意味も含まれているのだろう。

「次回はいつにしようかな……」
 スケジュール帳を見ながら、次の取材のタイミングを悩んでいる私に、高桑は笑顔でこう言った。
「オススメは4月のチャレンジ陸上です!」
 おそらく彼女自身、そこで自分がどんな走りをするのか、楽しみで仕方ないのだろう。4月20日、熊本の地で彼女はさらなる進化した姿を見せてくれるに違いない。そして、それがリオへの第一歩となるはずだ。

(斎藤寿子)