第24回 山崎種二(その三)
橋、倉庫、日本画。株で儲けて貯金した「ケチ種」のカネの投じ方

福田 和也

 ところがこの絵は偽物だった。

 古いものは鑑定が難しい、と云う事で新画をもっぱら買った。

 横山大観や川合玉堂、小林古径といった超一流株を手に入れると、今度は成長株に手をだした。狙ったのは、速水御舟。御舟は、今日、一番高価な日本画家になっている。

 昭和十五年、種二は、練馬中村橋の、富士見女学校の経営に参画した。

 大正十三年に創設された女学校で、三条西信子が名誉校長だった。信子は良子皇后の妹である。

 種二は、理事長に就任し、校舎を修復した。

 昭和二十九年に校舎を新築した。日本ではじめての円形校舎にした。「円い校舎で円い教育をし円い人格を養う」ためだと云う。

『週刊現代』2013年3月16日号より