第24回 山崎種二(その三)
橋、倉庫、日本画。株で儲けて貯金した「ケチ種」のカネの投じ方

福田 和也

 種二は、太田の攻勢で追い込まれ、追証はかかる、短期の更新費用はかさむ、という悪循環に追いこまれ、売り玉を買い戻した。

 昭和十一年二月二十六日、大雪が降った。

 ラジオをつけると、何かとんでもない事件が起きたらしい。

 竹橋の手前で、陸軍の将校に止められた。

 赤坂の連隊まで乗せろ、という命令。

 仕方なく種二は赤坂まで将校を送り届けた。三宅坂から堀端を望むと、機関銃が配備されている。

 社に着いて、事件のあらましを識った。

 東京株式取引所は、立会を休止している。

 三月十日に再開された市場は、一転して大暴落となった。種二は、暴落で五百万円の利益を得たという。ビルも家も手放さざるを得ない、と覚悟した種二は、大ピンチを好機に変えたのである。

 この件には付録があった。

 種二が、決起部隊に関係している、という投書が、憲兵隊に沢山来ているという。

 商売仇の恨みは恐ろしい・・・・・・。

 帳簿の取り調べを受けて、嫌疑は晴れた。

 種二は、日本画のコレクターとしても識られている。主人の山繁が、絵画好きだったため、その影響を受けたのだ。

 独立して、住居兼用の店を建てた時、骨董屋から酒井抱一の絵を買って、おおいに得意だったという。