二宮清純「ヤクルト“伊勢大明神”、秘密の引き出し」

二宮 清純 プロフィール

見破った槙原のフォーク

 伊勢さんが打撃コーチをしていた90年代、ヤクルトが苦手としていたのが巨人の槙原寛己さんでした。150キロ前後のストレートと落差の鋭いフォークボール。調子のいい時の槙原さんには付け入るスキがありませんでした。

 ある日のことです。ベンチからバッテリーを組む村田真一さんの動きを見ていて、伊勢さんはあることに気が付きました。時折、プロテクターの前で右手をクロス気味に動かすのです。ほんの一瞬ですが、伊勢さんは、その動作を見逃しませんでした。

「あれは、いったい何のサインなんやろう……」

 しばらくして、その動作のあとに必ずフォークボールがくることに伊勢さんは気付きました。槙原さんは目が悪く、ナイトゲームではキャッチャーのサインをはっきり視認することができなかったのです。ストレートのサインでフォークボールを投じたり、その逆だったりした場合、キャッチャーがミットにおさめることは不可能です。それでフォークボールを要求する時に限って村田さんはプロテクターの前で分かりやすいジェスチャーをしていたのです。

 もちろん、以上は槙原さんが引退してしばらくたった今だから明かせる話です。伊勢さんの頭の引き出しの中には、いったいどれくらいのピッチャーのクセやキャッチャーのサインが詰まっているのでしょう。

「あのキャッチャーの配球なら、ほぼお見通しやね」

 目の前には、ある球団の正捕手の姿がありました。引き出しの全てを披露するのは、まだ随分先のことのようです。