元リクルート会長江副浩正「起業家養成企業」を築いた功績と晩年

フライデー プロフィール

「通信・コンピュータ事業に乗り出そうとしたり、リクルートコスモスを立ち上げたのもこの頃です。当時の売り上げは2000億円。傍目には順風満帆のように見えたでしょうが、内部には焦りがありました」(元リクルート幹部社員)

'89年6月、リクルート事件で勾留されていたが、2億円を支払い保釈された。頭には白髪が増えていた

 理系分野への進出を図った江副氏は、16億円のスパコンを2台購入するなど、採用費に76億円を投じる。そこには「採用狂」ならではの計算があった。

「スパコンを使いたい研究者はたくさんいる。実際、東工大のコンピュータ分野の半数がリクルートを志望した。こうした投資があって、今のリクルートのIT事業がある」(前出・幹部社員)

 人材確保は技術系に限らなかった。リクルートほど積極的にヘッドハンティングした企業はない。他社の営業部門の課長や部長を即戦力としてどんどん引き抜き、飛躍の原動力とした。

 江副氏は東大の教育学部で心理学を専攻し、その考えを経営に活かしていた。型にはまらない人が入ることで組織が活性化するという考えのもと、どんどん中途採用し、実際に業績を伸ばした。

 だが、その独特の経営手法が、戦後最大といわれる疑獄事件「リクルート事件」を生む。当時、未公開だったリクルートコスモス社の株式を、政財官界の要人に事前売却し、贈賄罪で懲役3年、執行猶予5年の有罪判決を受けて、経営の第一線から退くのである。

一昨年、雑誌のインタビューを受けた際の江副氏。第一線にいた頃と比べると、柔和な表情になっていた

 その後の江副氏は、「仕手筋の黒幕」などとも言われながら、自身が理事長を務める「江副育英会」(現・江副財団)で若者への援助を始める。 '01 年には「株式会社ラ ヴォーチェ」を立ち上げ、趣味でもあるオペラの振興に身を捧げた。

 一方でリクルート事件が冤罪であると綴った自伝の英語版を出版、日本の司法制度を批判する本の執筆を目指すなど、晩年は「汚名返上」に執念を燃やす。

 栄光と転落の人生を送った江副氏。その精神はリクルート社員とOBたちに受け継がれている。江副氏の引退後に同社へ入社し、現在は独立して、マーケティング事業を行う「トレンダーズ」を経営する経沢香保子氏が言う。

「自分の会社の社員に対して『チャンスは自分でつかむもの』や『答えは内側じゃなくて外側にある』など、江副さんの言葉を私なりに消化して伝えています」

 今年、株式公開に踏み切るのではといわれるリクルートだが、江副イズムは、今も同社やOBの中に脈々と生き続けている。もって瞑すべし―。

「フライデー」2013年3月1日号より