企業研究連載スタート!【第1章】 通信業界とは違う新世界へ(1)

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 まず、この連載のテーマを述べてみましょう。

 いまの世の中では、電話とコンピューターは別のものです。業界も、コンピュータとテレコミュニケーションに分かれています。しかし、ここ15年ほどを振り返ると、このふたつを隔てていた垣根はどんどん低くなってきました。

 たとえば、米国では経費削減のために、スカイプなどのコンピューターを使った電話が普及しています。米国の展示会に行くと、廊下に座ってラップトップを開き、スカイプでぶつぶつと会話をしている人が大勢います。

 アップルのアイフォン(iPhone)も、携帯電話にパソコンを乗せた製品です。グーグルが提供するアンドロイド携帯も同じです。俗にスマートフォンと呼ばれているものは、どんどん小型化するコンピュータであり、電話やメール、チャットなどの通信サービスが、そこに吸収されてゆきます。ノートブックやタブレット、スマートフォンなどの「モバイル・デバイス」は、すべて小型化するコンピュータで、しかも急速に普及しています。

 吸収されるのは通信サービスだけではありません。放送サービスも同じです。テレビの時代はもうすぐ終わり、モバイル・デバイスで映画やテレビ番組を見るのが当たり前になるのは時間の問題です。つまり、コンピュータ技術は様々なディバイスに広がり、通信も放送も、パソコンに浸食されているのです。言い換えれば、コンピュータ技術が通信・放送・家電の頂点に立ち、技術革新を引っ張っています。

 この状況は様々な言葉で形容されます。コンピュータ業界では、クラウド・ビジネスと呼び、通信業界ではブロードバンド時代と語ります。最近、米国のテレビ業界で流行っているソーシャル・テレビなども、それにあたるでしょう。呼び方は違っても、もうすぐ電話も放送もコンピュータとひとつになる時代がやってきます。

 一方、コンピュータに浸食される側の通信業界は大変です。百年以上も電話事業を続けてきた通信事業者にとって、それは大転換を意味します。では、この新時代に向かって─通信事業者は、どんなビジネスを行い、サービスを提供するのか---これが、この連載のテーマです。

 このテーマを追うために、私は日本電信電話株式会社、つまりNTTグループの企業戦略を取材することにしました。つまり、日本最大の通信事業者を通じて、この国における通信の未来を描こうとしました。このアプローチは正しかったと考えます。しかし、約2年間の取材で見えてきたものは、私の予想を遙かに超えたものでした。

 これまで同社のトップを筆頭に日本や米国で数十名のエグゼクティブをインタビューし、周辺の業界人にも面談を続けてきました。また、内外のニュースや文献の調査もおこないました。集めたNTT関連の情報は書籍や雑誌コピーなど、本棚ひとつでは収まりきれないほどになりました。

 ところが、インタビューを重ね、調査を繰り返すほどに、そもそもの狙いだった通信ビジネスの将来像が見えてこないのです。そこには通信業界とは名ばかりの、コンピュータ業界と区別のつかない新世界が現れ、それに向かってNTTグループは進んでいるようなのです。

 もちろん、NTTグループは「通信事業者」という看板を掛けてビジネスをしています。しかし、近い将来、同社を「通信事業者」と呼べなくなる状況が生まれるでしょう。つまり、NTTグループは通信事業者の枠をこえて多角化・多国籍化を目指しています。NTTは地味な会社で、自ら「改革」といった形容を嫌います。

 事業計画書にも、既存事業の重要さを謳うことはあっても、自ら「脱通信事業」といった奇をてらった言葉を使うことはありません。ですが、本書で述べるように、これからの同社は既存の殻をやぶり、通信とは名ばかりの新世界へ飛び込もうとしています。それは─情報通信企業グループ─とでも呼ぶのがふさわしいかもしれません。

経営改革─テレコミュニケーションからの脱皮

 皆さんは、トーマス・エジソンに起源を持つ米国のゼネラル・エレクトリック(GE)という会社をご存じでしょうか。世界最大のコングロマリット(複合企業)として知られる同社は、1980年代にジャック・ウェルチ元会長がトップに立って、有名な「GE改革」をおこないました。

 電化製品という既存事業にとらわれることなく、同社は積極的な買収戦略を展開し、事業の多角化をすすめたのです。あたらしく参入した業種では業界の一位か二位を確保するという目標を置き、同社は「世界でもっとも尊敬を集める企業」と言われるようになりました。

 現在のGEは、その起源となる白物家電から、メディカル・ディバイス、鉄道車両製造、原子力発電、ファイナンシャル・サービス、不動産などさまざまな分野へと手を広げています。ウェルチ氏が引退し、現在のジェフリー・イメルトCEO(最高経営責任者)に移って、同社の経営方針も変化しましたが、業態にとらわれないコングロマリット(複合企業体)経営に変化はありません。

 GEは事業拡大だけでなく、参入してうまくゆかなければ素早く撤退しています。たとえば、同社は2011年に傘下に収めていた米TV4大ネットワークのひとつNBCユニバーサルを売却しました。これは完全撤退ではないのですが、経営の主導権を米CATV最大手のコムキャストに譲り、経営負担を軽減させました。このようにGEは市場環境の変化に応じて、様々な業種への参入と撤退を繰り返しながら成長を続けています。

 私には、NTTグループがGEと同じような経営形態、つまりコングロマリット(複合企業体)を目指しているように思えてなりません。同社は「次世代モバイル・ブロードバンド」という通信事業者のDNA(遺伝子)を残しながらも、それに捕らわれることなく「クラウド・コンピューティング」などの新事業を目指しています。クラウド・コンピューティングについては、後ほど詳しく説明しますが、伝統的な通信事業者にとって、それは未踏の領域です。

 もちろん、日本最大の通信設備を抱えた同社が、テレコミュニケーションを捨てるわけではありません。私たちが知っているNTTは、電話や光ブロードバンド─と言った通信サービスを提供してくれる企業です。たぶん、同社は将来においても『電話屋さん』の代名詞として親しまれるでしょう。しかし近い将来、海外では違う顔を持つことになりそうです。

 IBMやヒューレット・パッカードと同じように、企業情報システムをサポートする国際的なシステム・インテグレーターに同社は分類されることでしょう。あるいは、巨大なクラウド・データセンターを運営するクラウド・サービス・プロバイダーとなるかもしれません。植物にたとえるなら、ブロードバンドという根やコア・ネットワーク(幹線網)という幹だけでなく、その上に葉や花も咲かせようと考えているのです。

 では、NTTグループがクラウド・ビジネスや海外市場に眼を向けたのは、一体いつ頃のことでしょうか。

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