「江戸の小判ゲーム」著:山室恭子
チーム定信で働きたい!

 幸先の良い試算結果に勢いづいて作戦は実施段階へ進みます。江戸の町のすべてについて地主の家賃収入総額と、そのうち町入用にいくら支出しているかを詳細に調査したのでございます。全一六〇七町、大仕事です。五ヵ月ほどかかりましたでしょうか。得られた数字は、町入用総額一五万両、これを仮に四割削減すると六万両浮く。家賃総額五四万両、これを一割五分値下げすると八万両余の収入減。え? マイナス二万両?

 そうなのです。サンプル調査では五万二〇〇〇両の黒字になっていたのに、全数調査をおこなったら逆に二万両の赤字に転落、大誤算です。

 それでも現場は楽観的でした。まあよい、家賃の値下げ幅を小さくすれば助け合い積立金くらいは捻出できるだろう。結果に合わせて政策を変更しようとの心づもりでした。

 とは言え、これ以上の目減りは許されません。町入用をどれだけ節約できるかが、このプロジェクトの勝負どころ。なるべく多く節約させて、積立金に回せる額を引き上げるべく手立てを尽くしました。通り一遍の倹約令では効果は期待できませんので、町の内情をこれでもかと細かく調べ上げて、詳細きわまる節約ガイドラインを作成しました。火消しの装束は以後、革羽織は御法度で木綿の法被(はっぴ)しか認めないといった具合です。

 じつは、この段階でも熱い議論がありましてな。町入用を節約して浮いたお金は、みんなのための助け合いファンド設立に使うのだと、あらかじめ目的をきちんと各町に知らせてから節約計画を立てさせようとの声が上がったのですが、節約分はファンドに吸い上げられてしまうと知ると、まじめに節約しないのではないかと懸念する慎重派に押し切られまして。民を信頼するかしないか、公務員の永遠の課題ですな。

 ともあれ、指定されたガイドラインに忠実に予算を組めば目標の四割削減はじゅうぶんに可能なはず。自信まんまんで各町に節約計画の策定を命じました。

 ところが。親の心子知らずと申しましょうか、はたまた心をきちんと子に知らせなかった親がいけなかったのか、町から回答してきた削減総額は三万七〇〇〇両。六万両と見込んだ目標額に遠く及びません。

 さすがに凹みました。ゴミ収集費用の実態まで調べ上げた町廻りの苦労は何だったのか。浮いたのはたったの三万七〇〇〇両、削減努力の半分は地主に返してやらねばおさまるまいから、ファンド設立費用は二万両に満たない。無理だ、あーあ。

 ここで長嘆息の奉行衆をガツンと叱り付けたのがリーダーの定信公でございました。お前たちはどちらを向いて政治をしているのだ、もともと裕福な地主には削減分の二割も戻してやればたくさん、予備費に一割、残り七割は召し上げ、さっさと貧民のための助け合いファンドを設立せい。

 こうしてできあがったのが町会所でございます。最初は資金が足りなくてお上から一万両の特別支援までいただいてスタートしたのですが、時宜にかなった事業には天の御加護がございますのでしょう。貸付金の回収が順調で利子が利子を生み、ものの五年と経たないうちに御承知の優良ファンドへと成長して、江戸町人の暮らしをしっかり支える役割を果たすこととなりました。

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