精神科医が説く「子育ての『常識』のウソ」

『反教育論──猿の思考から超猿の思考へ』著者・泉谷閑示インタビュー

──人が社会の中で生きていくためには、その社会の規範や価値を身につけるいわゆる「社会化」の作業が必要とされていますよね? 実際に社会化がなされていないと生きていくのは難しい。しつけや教育というのは、そのいわゆる社会化の作業に当たると思うのですが。

泉谷 本書の中でも触れていますが、サッカーのゲームをするときには、サッカーのルールを知っておく必要はある。しかしゲーム中でなければ、ボールを手で触っても構わない。また、もしゲーム中にボールを手で触ってしまったとしても、それはゲームのルールに則ったペナルティを受けるだけで、その人の人格に問題があったわけではない。社会のルールというものも、これと同じことなのです。

 だから子供たちには、社会生活に必要なルールを、あくまでドライに学んでもらえば良いのです。

 それなのに、世のしつけや教育を見ていると、そこを区別できないために、性善説的な楽観というか放任主義で、子供にルールをまったく教えないという過ちもあれば、逆に「道徳教育をしなければ人間は邪悪な存在になる」といった性悪説的な人間観で、間違った方向に力を注いでしまっている過ちも見られます。

 そうなると、野性的な不服従の気概をもった元気な人は、押さえつけられることに反発して露悪的に悪い方向に行ってしまうだろうし、そうでない人は、良心の声に従ってではなく、道徳というマニュアルに縛られて「ただそう教わったからやっている」という内実のない偽善者になってしまうでしょう。

子供は親の所有物ではない

──子供を持つ親に対するアドバイスなどあれば、お願いします。

泉谷 たとえば大切なのは、2~3歳のイヤイヤ期、さらに小学校高学年から中学・高校にかけての思春期に起こる反抗期に、親が、自分が侮辱されたと受けとってしまって感情的に反発するのでなく、「よしよし、うちの子も順調に育ってきたぞ」と喜ぶことができるかどうかが大事。けっこうそこで押さえつけて、子供の自立の芽をつぶしちゃう親も多いんですよ。「反抗」は人間の成長過程において、とっても大事なものなんです。

 もし手こずるのなら、イヤイヤ期には、やってほしいことの反対のことを言えばいいのです。寝てもらいたいなら、「寝ちゃダメだよ」と言えばいい。子供はそれに反発して「寝る!」と言ってすぐ寝てくれます。また、思春期の反抗期には、親が胸を貸してやるくらいのつもりでいてほしいのです。

 何より親が気をつけなくてはいけないのは、子供は自分の所有物ではないということ。ある時期が来たら、自分のもとから飛び出していく別個の存在であるということを認めることです。

 もちろん子供に独立の兆しがあるとき、親はある種の寂しさを感じるかもしれない。でもこれは親が我慢すべきことだし、むしろ喜ぶべきことです。これが私の言っている「愛」です。それを自分のもとにいつまでも留めようとするのは親の「欲望」にすぎない。