[プロ野球]
上田哲之「大谷、外木場、ダルビッシュ」

スポーツコミュニケーションズ

外木場とダルビッシュのミックス化

 例えば、400勝投手の金田正一さんも、中心はストレートと“懸河のドロップ”と言われたカーブだったが、そこまで遡ることもあるまい。甲子園で“怪物”の異名を欲しいままにした江川卓も、基本的にはストレートとカーブの投手だった。極端なことを言えば、カーブはたいしたことはなかったかもしれない。しかし、ストレートは地面に近いような低い所からグワーンと伸びてくる、素晴らしいボールだった(蛇足ながら、このストレートの全盛期は高校2年の秋、という説を唱えるムキもある。ちなみに、私はこの“江川伝説”の信者である)。

 江川以来の怪物と言われた松坂大輔(レッドソックスからFA)は、基本的にはストレートとスライダーの投手だったが、彼は器用に様々な球種を身に着けていった。そして、ダルビッシュ。東北高校時代には、既にチェンジアップを操っていた。打者を打ち取るには、バットの芯を外せば良い、という思想を(全面的に信奉していたかどうかは別にして)少なくとも高校時代から持ち合わせていた。

 もちろん、稲尾和久、江夏豊、野茂英雄など、日本野球の投手の歴史を語るのに欠かせない人物はまだまだいる。だが、ここはそういう遺漏は気にせず、あえて乱暴に思いきり図式的に言えば、外木場的なるものは、ダルビッシュ革命によって、もはや過去の歴史に組みこまれたと言っていいのかもしれない。そして、野球殿堂入りは、その歴史を呼び覚ます、格好の機会だった。

 ここで再び大谷に戻る。確かに、大谷の今後は注目に値する。カットボールだけではなく、フォークも何種類か投げ分ける、と証言するスカウトもいるという。だからこそあえて言いつのるのだが、ダルビッシュ的なるもの、あるいは大谷的なるものに、あの外木場が内包していたリズム感、あるいは日本の古典的な投球スタイルというものを加味することはできないのだろうか。

 あるいは江川的なるものといってもいい。160キロの映像を見れば、高校時代の江川よりも、あるいはプロ初勝利の時の外木場よりも、大谷のほうが速いかもしれない。だが、ストレートの質感は、江川(外木場もそうだったが、ここは江川で代表させる)の、あのホップする球筋のほうが好きだ。それは、日本野球の育んできた、もっとも良質な部分といっていいはずだ。ダルビッシュ、大谷は、やはり「野茂以後」の投手であり、メジャーリーグの思想が入っている。そのこと自体は大いに歓迎すべきことである。ただ、そこに、古来の日本野球的な「伸び」を加味することには、意味があるだろう。大谷のストレートが、高校時代の江川のようにホップしたら、素晴らしいではないか。今はまだ、このように期待だけを語っておくことにしたい。果たして彼は、投手か、打者か、二刀流か……。

 蛇足をひとつ。外木場は肩を痛めて引退し、広島のコーチに就任した。二軍の投手相手にキャッチボールをする時、現役時代1球も投げなかったナックルボールを投げてみせたそうだ。それが左右に30センチもジグザグ揺れながら落ちて、誰も捕れなかったという。みんな、今から大リーグに行ってもナックルボーラーとして通用するんじゃないかと噂しあったという。いい話でしょ。好きだな、こういうの。そこには、現役投手とはストレートとカーブでいくものという美学がほの見える。それもまた日本野球の歴史の一部である。もっとも、こちらは、大谷投手にはお勧めできないが。

上田哲之(うえだてつゆき)
1955年、広島に生まれる。5歳のとき、広島市民球場で見た興津立雄のバッティングフォームに感動して以来の野球ファン。石神井ベースボールクラブ会長兼投手。現在は書籍編集者。
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