「ファミコン世代が国を滅ぼす、橋下徹というデマゴーグ」
日本をダメにしたB層の研究【第3回】

「橋下の国家主義的な側面と自由主義的な側面が一致しない」という批判もありますが、これはそうした事情によるものです。

 自分の子供を知事室でサッカー選手に会わせたことを「公私混同」と批判されると、「僕の子供は一般家庭とは違う制限を受けている。個人ではなく、政治家のファミリーとして見てほしい」と述べ、その一方で、父親が暴力団員だったことや従兄弟が殺人犯であることを報じられると、「僕には子供がいる(だから配慮しろ)」と正反対の主張をする。

 自分に批判的な大阪市職員に対しては、「負けたときは一族郎党どうなるか。われわれが勝ったときには覚悟しとけよ」と発言しています。

「公私混同」というより支離滅裂です。

 言っていることが論理的でないので、なかなか論理では批判できない。

 アレントは、全体主義の特徴を「無構造性」であると喝破しました。

 全体主義は、巷で誤解されているように一枚岩のイデオロギーによるものではありません。非現実的なプロパガンダにより社会不安を煽り、その中で既成の権力を解体していく大衆運動としてあらわれます。

 そういう意味で、橋下は天性のデマゴーグです。

 テレビ的な反射神経に優れ、B層の感情を動かす手法をよく知っている。お調子者で個別の政策には疎(うと)いので、革命勢力にとっては一番利用しやすいタイプです。

「バカ新潮」「バカ文春」「バカ学者」「オナニー新聞」「クソ教育委員会」「経済界なんてクソの役にも立たない」「鳥取県議なんて六人でいい」「浜と言う紫頭おばはん」……。

 こうした幼児レベルの物言いには、知性のかけらも感じられませんが、その底の浅さはB層の「連想の質」を計算した上で演出されています。

 マッカーシズムとベトナム戦争を痛烈に批判したウォルター・リップマン(一八八九~一九七四年)は、ジャーナリズム論の古典『世論』で次のように述べます(以下、リップマンの引用は同書)。

 公共の事柄に対する意見は社会の正常な成員によるものだけではないし、また選挙、宣伝、支持者集団のためには数が力となるものであるから、注意力の質はなおさらに低下する。